小さな城の中で、眠る幼子を抱き上げた。 薄霧がけぶる、森の中を駆けた。 揺らさないよう、気をつけながら目的地を目指す。 夜は、明ける気配もなく、霧で服がしっとりと重くなる。 「ん…」 腕の中で、ナルトが身じろぐ。 小さく瞬きをして、蒼い瞳がカカシを仰ぐ。 どうして抱き上げられているのかとか。 どうして走っているのだとか。 そんなことは、気にならないのか、 「かぁし、どこいくんだってば?」 と、たずねる。 カカシは目を細めて、穏やかに言葉をつむぐ。 「ん、ちょっと、遠くまで」 「とーくって?」 「ナルトと同じ色のとこまで」 「なゆといっしょ?」 「そう、おなじいろ」 穏やかに笑って、少し、スピードを上げた。 + + + + + 太陽が昇り、霧が晴れていく。 視界が晴れるとそこは、 一面に広がる鏡の海。 「かぁし!きらきらね?」 「そうだね」 「なゆおりるってば」 おくるみのように巻かれていたシーツの海から、出ようともがく。 温かかったソレも、今は少し暑い。 「ま、まず着替えようか」 静かに、ナルトを下ろして巻いていたシーツを広げる。 その上でナルトの身支度を整える。 眠っていたナルトをそのまま連れ出したために、ナルトはパジャマのままだ。 背中にしょっていたかばんを下ろして、着替えを取り出しなれた手つきで着替えさせる。 「なゆ、ひとりでもおきがえできるってばよ?」 「ナルトは偉いね。でも、今日は俺に着替えさせて?」 「ん〜、いってば」 「ありがとう」 着替えの終わったナルトは、楽しそうに水辺に走っていく。 真っ白な底の砂。 上には、透明な薄い水の膜。 ナルトのくるぶしほどの深さしかないその湖。 けれど、端は見えない。 深い森を抜けた先に、突如開けた場所にその湖は広がっている。 空の青が反射して、地平線から直ぐに空に繋がる。 ナルトの瞳と同じ色。 俺の好きな色。 広げたシーツの上に静かに腰を下ろして、水遊びをするナルトを眺める。 久しぶりの穏やかな時間。 時折、振り返るナルトに笑顔を返して。 この時間を大切に、胸に刻み込む。 暫くして、水遊びに飽きたナルトがカカシの元に戻ってくる。 小さな手のひらには、底の砂。 「かぁしといっしょね」 「そう?」 「いっしょだってば、きらきらよ?」 とても嬉しそうに笑いその顔に、癒される。 連れて着てよかった。 この笑顔の為に、生きているといっても過言ではない。 「ナルト、ご飯にしようか」 「あい!」 時間はあっという間に過ぎて。 カカシとナルトは着た道を戻る。 今度は、少しゆっくりと。 + + + + + 「あ」「ん」の門の前に着くと、ずらりと暗部が帰郷者を囲んだ。 「うずまきナルトを渡してもらう」 「三代目がお呼びだ」 「さぁ」 ナルトに手が伸びる。 いくつモノ手が、カカシからナルトを奪うように伸びる。 「触るな」 暗い瞳が、その手を跳ね除ける。 唯一見えている、暗い黒が暗部たちを射抜く。 「さがんな。死にたくなかったら」 額当ての裏に隠れた血塗れた瞳も睨んでいるのだろうか。 静かに門をくぐり、火影邸のほうへ向かうカカシを誰も止められなかった。 + + + + + ナルトを抱えたまま、火影邸の門をくぐり主の下まで進む。 遊びつかれて眠っていたナルトが身じろぎ、目を醒ます。 「疲れてたら、寝てていいんだよ」 「ん〜」 ぽんぽんと背中を一定のリズムで叩く。 その気持ちよさに、再び、瞳が閉じようとする。 「かぁ…し」 「なぁに、ナルト?」 「…きらきら…ね…なゆ、だいすき」 まろい手を伸ばし、カカシの髪に触りながらふんわりと笑う。 「俺もね、ナルトが大好きだよ」 「カカシ、和んでいるとこ悪いがナルトを渡してもらおうかの」 静かな廊下に、声が響く。 その声に、眠りに付こうとしていたナルトの目が開く。 「じっちゃ?」 「ナルトやこっちにおいで」 優しい顔で、手を伸ばす。 その手に渡すまいと、カカシがナルトを抱きしめる。 これがきっと最後になる。 最後の夜になる。 「かぁし、いたいってば」 その声が聞こえても、力が抜けない。 放してしまったら、次はいつになるのか。 もう、会えないのかもしれない。 放せない。 放したくない。 手が、放れない。 「カカシ」 重く、静かな声が咎めるように響く。 カカシと三代目を交互にナルトは見つめ、 「じっちゃ、かぁしのこといじめちゃ、めなんだってば」 しっかりと、三代目を見て言う。 その、蒼い瞳が、そらされることなく真っ直ぐに。 「ナルトや部屋で待っててくれるかの」 「やぁ」 「ナルト…」 やぁの、やぁの、と首を振るナルトに三代目は困ったようにため息をつく。 目に入れても痛くないナルトに嫌われたくはないが、これは里にとって重大な問題だ。 許可なく、ナルトを里の外に連れ出すことはまかり通らない。 本来なら、火影邸の奥、ナルトのためにあつらえられた部屋から無断でナルトを連れ出すこともならない。 それを、カカシが知らないはずもない。 「何故、勝手なことをした」 「…」 「じっちゃ、じっちゃ」 責めるように、カカシを見る三代目に必死に声を掛ける。 大事なことを、ちゃんと伝えられるように。 「なんじゃ」 「かぁしのひ、なんだってば。だから、めなんだってば」 そういって、頬を膨らませる姿に愛しさが募る。 この子は、本能的に分かっているのか。 ただの偶然なのか。 どちらにしろ、この子の無意識に俺は救われ続けている。 「…それとこれとは話は別じゃが。まぁ、よい。日付が変わるまでじゃ」 ほんの僅か、設けられた猶予期間。 カカシは、深々と頭を下げた。 そして、それが最後になった。 カカシは、国外の長期任務に付くことになりあの晩以来、ナルトにあっていない。 後釜には、うちはイタチがついたと聞いた。 それも、長くは続かず。 イタチは里を抜け、うちは一族は弟のサスケを残し根絶やしになり。 それでも、俺は相変わらず国外任務の連続で。 『かぁし、きらきらね?』 風に乗って、声が聞こえた気がした。 会いたくて、会いたくて、この身は引き裂かれてしまいそうだよ。
カカシ君、誕生日おめでとう!
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