守られたのだと分かったとき、血の気が一気に引いた。 目の前に広がるのは、黒と赤。 顔に血がかかる。 そのぬめっとした感触が恐ろしかった。 生暖かいソレは、すぐに冷えた。 苦しそうにゆがんだ顔が、振り向いた。 口からこぼれたのは聞きなれた皮肉の言葉。 「怪我はねぇかよ、ビビリくん」 ソレだけを言って、倒れる体。 とっさに受け止めた。 俺よりも、逞しいその体はそれでもまだ、幼くて。 首を貫く、針が、この命を縫い取ってしまうのか…。 恐怖に、震えた。 いつも憎まれ口をたたくその口は、血の気が失せて青白い。 何がなんだか分からなくなった。 正気に戻ったころには、いろんなことが終わっていて。 自分の存在意義のためにと綺麗に笑った少女のような彼。 その彼は、自分の上司に身体を貫かれて死んでしまった。 無き飽きたはずの目からは、涙が零れて止まらなかった。 この体にまだ涙が残っていたのだと、他人事のように思った。 たくさんの人が死んだ。 目の前で、鬼人が泣きながら、最愛の人と最期を迎え。 俺は、ソレを見ていた。 その姿が、サスケの姿とダブった。 俺の腕の中で血まみれのサスケが、笑って。 だんだん、青白くなる顔を見た。 何もできない自分の、無力さに世界が真っ黒になった。 カタカタと体が震える。 とても、寒い。 喉がひゅっと鳴って、息苦しくなった。 視界が黒くなって、カカシ先生が何か叫んでいるけど、よく分からなくて。 だんだん、周りの声が遠く鳴って。 遂には、何も聞こえなくなった。 俺は、どこに堕ちていくのだろう? 目が覚めると、真っ暗だった。 分かるのは身体がやっと覚えた波の音。 あと、自分のものではない速い呼吸の音。 そこにいるのが誰かなんて、分かっている。 けれど、この目で確認するまで安心することなんてできない。 力の入らない腕に鞭を打って、布団から身体を起こす。 そのまま音のするほうへと体を引きずった。 段々目が慣れて、そこに寝ているのがサスケだと分かる。 やっと、自分の目でその姿を確認した。 ”ちゃんと、生きている。” どうにか、枕元までたどり着く。 汗で額に張り付いた前髪をよけようと手を伸ばす。 けれど、あと少しのところで手が止まった。 ―――サスケの瞳がうっすらと開いた。 体が硬直した。 伸ばした手を戻すことも何もできなかった。 開いた目は焦点を結ばず、まだ意識がはっきりしていないようだった。 「サスケ」と声をかけようと、口を開く。 けれど、ナルトのソレが音になる前に、 「…ナ…ルト…」 サスケの唇が戦慄いた。 首に受けた傷が炎症を起こして熱を持っているのか、かすれた音だった。 その声に応えようと、サスケの名を呼ぼうとしたが、乾いた息が流れるだけで。 音として、震えなかった。 こんなときに、この喉は何をためらっているんだ。 手を喉に当てて、声を出そうとしている間に、サスケは瞳を閉じてしまった。 ナルトは静かに、唇を閉じた。 そして、震える手で、サスケの前髪をよけた。 と、向こう側に手ぬぐいが落ちているのが目に入った。 やっとの思いでそれを拾い上げると、もう生ぬるかった。 あぁ、絞りなおして額に乗せてやらないと。 看病なんてされた記憶はほとんどない。 親代わりのイルカにも1回か2回、看病してもらったくらいだ。 きょろきょろと周りを見回す。 暗闇に慣れてきた目が見つけたのは、水桶。 ずるずると水桶を引き寄せ、どうにか手ぬぐいを絞る。 絞り具合があまい気がするが、力が入らない。 無いよりはマシ程度の気持ちで、サスケの額に絞った手ぬぐいを乗せる。 火照った体にはソレが冷たかったのか、 「…っう…」 小さな音が、漏れた。 怪我による炎症からか、汗をかいているようだったが拭くものは見当たらなくて。 体調が万全ではない自分も、だんだん意識が朦朧としてくる。 目の前で、苦しそうに息をするサスケを見ながら、体が崩れた。 苦しそうでも、 ”生きようと息をしているサスケを見て安心した。” そう言ったら、俺は殴られるかもしれない。 それでも、なんだか、とても安心した。 生きている鼓動が聞こえる。 それは、子守唄のようで。 ドロドロに溶けた思考。 でも、とても心地よくて、今度こそ意識を手放した。 次に目が覚めたときにはサスケの嫌味のひとつぐらい聞いてやろうと思った。
今更、波の国のお話。 ずっとやりたかったのですが、機会がなくて。 機会なんてもう廻って来そうになかったので、やってしまった。 波の国の話を書くと、サスナルの原点に戻ったような気がします。 あの頃は、何も知らないで青春してたな★
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