花を抱くその手で剣を握る

風が冷えてきて。 今年もこの季節が廻ってきた。 空気がぴりぴりと張り詰めている。 何年たっても変わらない。 この季節だけは変われない。 誰も彼も、忘れることができない。 忘れることを自分で許せないから。 慰霊祭が近い。 祭壇が組まれる。 下忍が借り出されてやぐらを組んでいる。 昔は自分もあの輪にいた。 でも、月日がたって。 今は俺は違うところに立っている。 俺は静かに息を潜める。 存在を消して。 この世から消える。 この里を守るために。 人は悼むことが必要だ。 そこに俺がいることは邪魔。 俺がいると悼むことさえもできない。 生まれたときに押し付けられた運命。 でも、四代目火影もそうせざるを得なかったのだから。 何も知らなかったころは、なぜ自分がこんな迫害を受けなくてはいけないのか。 と、ずっと怒りや、憎しみに駆られていた。 けれど、今は知っているから。 諦めにも似た感情なのかもしれない。 けれど、この哀れな里に対する愛にも似た感情かもしれない。 どんなに里が俺に冷たくても。 俺は、この里を裏切れない。 一握りだけど、俺を受け入れてくれた人が居るから。 俺に力があるなら、守りたい。 守ることが、俺にできる、俺の中に居るやつの罪滅ぼしになるなら。 全力で守る。 俺に優しかった人たちのために。 逃げることのできない運命から目を背けることはやめた。 助けてくれる人がいなくても。 自分の存在を疎ましく思い、消し去りたいと思われていても。 それでも、逃げることはもうやめた。 たくさん逃げてきた。 だからもう、逃げることはやめた。 逃げても何も始まらないのだから。 見届けなくてはいけない。 この里の行く末を。 この里が歩んでいく未来を。 慰霊祭の一週間前。 花束を持った暗部が慰霊碑の前に立っていた。 木の葉の里では禁忌とされた狐の面を被り。 漆黒の闇を切り取ったようなコート。 そのコートに付属しているフードを深々と被り。 慰霊碑を見る顔はうかがうことはできない。 「俺なんかが花を手向けるのは不服だろうけど………」 面に声が遮られ遠くまでは響かないけれど。 静かな森に乾いた声が響いた。 かさりと物が擦れる音。 暗部は花束を慰霊碑に供えると、フードを脱いだ。 こぼれ出る金色の髪。 夜の闇の中でも光り輝く。 面に開いた二つの空洞から見える瞳は何も映さない。 真っ青な瞳は何も映しては居なかった。 狐面の暗部は面をはずして跪いた。 「里は守るから。」 何も映さなかった瞳が揺れた。 もうそこに人影はない。 ただ、慰霊碑に供えられた花だけがひっそりと咲いていた。 その五日後、里を囲むように強靭な結界が張られた。 今年もひっそりと紅い華が咲く。


≪戻る。