忍の心得第25項 忍はどのような状況においても表情を表に出すべからず。 任務を第一とし何ごとにも涙を見せぬ心を持つべし。 そうアカデミーで習った。 そのときはあまりにも実感がなかったから得意げに書いた。 そして、いざその局面に立ったとき自分はそれを実行することなど不可能だった。 どうして泣かないで居られる? どうして表情を押し隠すことが出来る? その理不尽な力によって倒れた彼に自分はなす術がなくて。 あまりにも無力な自分に腹が立って仕方なかった。 涙は女の武器などと。 そんなことがよく言えたものだと思った。 女だから簡単に泣いても仕方ないと言っているような。 男はどんな状況に立っても泣いてはいけないと言うような。 そんなことはありはしない。 そんなことはないのだ。 それは弱さだ。 泣いてしまえば痛みを忘れて楽になってしまうから。 だから、泣いてしまおうとしているんだ。 痛みを忘れないためには泣かないで居ることだ。 でも、どうしても痛みは辛いものだから泣いてしまう。 弱い自分が嫌いだ。 けれど、その弱い自分とサヨウナラできていない自分はなんなんだろう。 痛くても、痛くないと笑う少年が隣に居るのに。 その全てを内包出来てしまう鉄壁の笑顔の仮面はどうしたら手に入るの? 教えて私に、笑って、誰かに心配をかけない潔さを。 泣いてばかりで役に立てない自分を失くすために。 どうやって、その仮面を手に入れたのか教えて。 「どうしたら笑っていられるの?」 そう質問した。 どうしていつも馬鹿みたいに笑っていられるのか。 その方法が知りたくて仕方なかったから。 でも、ナルトの返答は 「女の子は泣ける特権があるんだから。泣いたほうが良いってばよ。」 ただ、それだけ。 笑っていられる方法を教えてはくれなかった。 私が知りたいことは教えてくれない。 それじゃ、駄目なの!! 「それじゃ、弱いままよ!!」 癇癪を起こした子供のようだった。 そんな私を見てナルトは寂しげに笑った。 「俺は泣ける、自分の弱さを知っても、それでも泣けるその強さが欲しいってばよ。」 「そんなの詭弁よ。唯の良い訳よ。」 どうして教えてくれないの。 なくことなんて何の強さにもならない。 ただ、弱い自分を庇護しているだけなのに。 「うん。でも、俺はきっともう泣けないから。」 「え?!」 「誰かが泣くことで痛みを忘れてる。だから………」 もう泣けないなど。 どうしてそんなことを言うのか。 涙は枯れ果てたとでも!? でもきっと、それは違う。 ナルトはきっともう泣けないのだろう。 どんなに心が痛いと痛みを訴えても。 彼の涙は流れない。 痛みは消えない。 じくじくと痛みを永遠と感じさせる。 本当は自分が泣きたいはずなのに。 「馬鹿……そんな逃げ道作ってくれなくても良いのに。」 「ホントだから。だから、サクラちゃんは俺の代わりに泣いて?」 優しくて。 でも、残酷な子。 けど、大好き。 守ってあげたい。 大切な人。 「ありがと」 「……うん。」 思えば、ナルトは心を殺すのが上手な子だった。 心を許した人間にはある程度の表情を見せていたが、里の大人やアカデミーの 担当教員などにはただ睨むような視線を見せていただけだった。 それ以外は何も感じていないかのように無表情だった。 大人たちからの理不尽な暴力にも対抗する術を持たずにただじっと耐えていた。 あの当時、三代目火影以外に唯一心を開いていた海野イルカにさえそれを知らせ なかった。 それは彼なりの優しさだったのかもしれない。 自分のことを他の生徒と一緒に扱ってくれる優しい人に心配をかけたくなかった。 要らない心苦しさを感じて欲しくなかった。 九尾のことを知る前は、自分に降りかかる理不尽な暴力に怒りしか覚えなかった。 痛みを知っていても、それを告げる相手もいない。 告げていい相手もいない。 頼りたい人が居る。 でも、その人にこのことを告げていいのか分からない。 里の大人たちから、異様なまでに嫌われている自分が彼に懐けば、今度は彼が 被害にあうかも知れない。 それだけは避けなくてはいけない。 厄介ごとしか招かない自分に優しくしてくれた人に恩を仇では返せない。 だから、いくら暴力を振るわれても、彼にだけは悟らせてはいけない。 いつでも笑って、こけたのだと。 つまずいたらそこに運悪く石が転がっていたのだと。 クナイ投げの練習をしていたら間違って切ってしまったのだと。 言い訳はいくらでも出来る。 俺が笑ってさえ居れば。 傷のことを臭わすような雰囲気さえ出していなければ。 そうやって、痛くても痛くないと簡単に嘘が吐けるようになっていた。 九尾の襲来によってイルカの両親も死んだ。 そのことを知ったからこそ、今までの暴力に関しては何も感じなくなった。 唯、悲しみが心を占領していった。 里を攻撃したのは自分ではない。 あの時、自分が器になっていなければこの里は更に深刻なダメージを受けていた だろう。 けれど、自分の中に封印されている九尾が里を襲ったのは事実。 それを知っているのなら、俺を通して九尾を見ているのなら。 俺を攻撃するのは当然のことなのかもしれない。 俺が死ねば、九尾も死ぬと思っているのなら尚更。 心を殺した日はいつだっただろう? 暗部に入隊して。 人を殺すのが毎日の仕事のようになった。 人を殺さないで居られる日など限られていた。 チャクラの保有量。 敵に与える精神的なダメージ。 そして、金色に輝く髪が強烈な印象を呼び起こす。 黄色い閃光の記憶を。 遭ってしまえば命は無い。 待っているのは絶対の死。 そのイメージが再び浸透し始める。 四代目の再来。 黄色い閃光の再来。 仲間には希望を。 敵には絶望を。 そのために完璧な任務を遂行する義務がある。 誰がそう決めたのかは知らない。 ただ、完璧に任務を遂行することによる宣伝効果。 その効果は最大限に。 使えるものは何でも使わなくてはもったいない。 忍は道具だ。 それが当然だ。 使えない道具など要らない。 使える上等な道具が欲しい。 その道具を使って自分の地位を揺らがないものに。 当然、暗殺任務が多く舞い込む。 殲滅、壊滅。 風に流れる噂だけが一人歩き。 誰が流したのかは分からない。 ただ、人々が恐怖の眼をして言った。 戦場から誰も帰ってこない。 帰るのは黄色い、禁忌の獣。 生者を貪った人の皮を被った死神。 死神すら恐れる禁忌の獣。 いつの間にか感情なんて関係なくなった。 感情は判断を鈍らせる。 心を殺して。 感情を押し隠して。 殺戮人形のように敵を殺せ。 人だったものをただの肉塊に。 「蒼炎蝶華」 青白い炎が蝶のように飛び立つ。 飛び立つ蝶は舞い踊る華の様に。 美しい風景は逆に恐ろしさを招く。 人が見れば気が触れるに違いない。 肉塊を焼く炎に照らされた殺戮人形。 何も映さない瞳。 揺れない瞳。 生きながら死んでいる。 死にながら生きている。 心を殺したのはいつだったのか忘れた。 感情を殺したのは多分、暗部に入ってから。 ただ、それを悟られない為に演じてる。 演じて、道化になって。 演じれば演じるほど塵になっていく感情。 厚い殻に覆われていく心。 心を殺した日を覚えてる? 答えは い い え 。 心を殺したことに感情が触れないから。 記憶にも残りませんでした。
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