彼を初めて見たのは、校内に設置されたテニスコート。 入学式を終えた次の日の早朝。 朝焼けの中で始めてみた彼の姿は、『 綺 麗 』その一言に尽きた。 流れるような黒い髪。朝焼けの中に輝く汗。 きらきらと輝いて見えたのは、俺の錯覚なんかじゃない。 彼のテニスをしている姿は、俺の目を捉えて話さなかった。 だから、俺の彼に対する第一印象は『 綺 麗 』 その姿を当分忘れられそうにも無かった。 声をかかてみようか? 否、初対面の相手に話しかけられて、早々話してくれるわけもなさそうだ。 ココは、テニスの名門校。氷帝学園。 実力だけがものを言う。それ以外は存在しない。 部活動としての馴れ合いなんて存在しない。 実力の無いものが、上の者に話しかけられるチャンスなんて無いに等しい。 ここにあるのは、純粋な力だけ。 勝つことが目的で、勝つことが何よりも最優先される。 だから、敗者はココでは生きてはいけない。 それだけは、まだ入部もしていない俺にも分かりきった事。 だから、彼と話をするチャンスを手に入れる為には、力が必要だった。 □■□■□■ 二度目に彼を見たのは、先輩たちとの対面式のとき。 「新期、入部者整列!!」 この学校では、選ばれた者だけが入れるとされているテニスコートがある。 そこに入ることを許されている人たちが、彼らだ。 「(あの人も居る……)」 彼は、そこに居ることが当然と言わんばかりに、そこに君臨していた。 彼にはその定位置が相応しいと、本能的に思った。 あれほどにまで強烈な印象を持った彼が、一般の生徒と同じコートでプレーしている なんて、俺の頭が拒否反応を起こすから。 「やっぱり綺麗だ……」 とっさの出来事に声が漏れてしまっても構わなかった。 俺も登りつめてあの人も側に立ちたい。あの人と同等の位置に居たい。 勝つ事は、あの人の側に居るための手段に過ぎない。 あの人の側に居られるのなら、誰かを蹴落とすことだっていとわない。 ほんの少しの心の揺らぎさえも起こらない。そんな甘さなんて必要なかったから。 □■□■□■ 数週間が経ち、再び、彼と会う機会が出来た。 レギュラーメンバーの選考。部内のすべての人間が敵で。 誰がレギュラーになるかわ分からなかった。 けれど、現在レギュラーメンバーに在籍している人たちは、俺たちとは格が違った。 レベル云々ではなく、本当の意味での格の違いがそこにはあった。 全くと言っていいほど歯が立たない。 その確固たる自信はどこから来るのかさえ分からない。 ただ、その強さが桁外れであると言うことだけが唯一分かることだった。 レギュラーメンバーの位置換えはない。 残っている、たった一つだけ開いた枠に滑り込むことのみ。 その為にレギュラーになり損ねた者、これから挑む者たちが、必死に足掻いていた。 勿論、俺もその一人だった。 「鳳、風間Cコートに入れ!!」 「「はい!!」」 「ザ・ベストオブ・ワンセットマッチ、鳳サービス。プレイ!!」 「ひゅう!!あの鳳って奴のサーブちょー速い!!」 「あぁん?あんなん序の口だろ?なぁ、樺地」 「うす」 「にしても速いなぁ。」 「でも返せない弾じゃない。」 「アイツはもっと速くなる。」 何故だか確信を持ってそう言えた。アイツのあの弾はもっと速くなる。 でなきゃ困るんだ。何で困るんだか分からないけど。 「なになに!!りょーちゃんとあの子知り合いなの?」 面白いことでも見つけた子供のように、下からひょっこりと顔を出してくるひよこ。 目がきらきらと輝いて居て。 無下には出来ないから、取り敢えず、頭を撫でて置いた。 さりげなく周りを見渡してみれば、自分の周りに影ができていて。 何故か囲まれていた。 「初耳だな。」 「親戚かなんか何か?」 「……入学式の次の朝に見かけただけだ。」 「「「「「はい?」」」」」 「だから、見かけただけだ。」 「そんだけなの!?」 「そんだけだよ。」 そうだ。そんだけしかアイツとは面識はないはずだ。 あれを、面識があると言って良いのかは分からなかった。 が、取り敢えず、覚えていたのだからそういったまでで。 深い意味なんてなかった。 「なんか、面白いことになってきたね!」 「虐めがいがありそうやないか。」 「ふん。後から入ってきて早々に奪えるなんて思ってんじゃねぇだろうな?あぁん。 なぁ、樺地。」 「うす」 「何せよ、簡単にはいかないだろう。」 面倒ごとには巻き込まれたくはなかったから、その場はそのまま抜け出してしまったが。 まさか、変な組合が作られているなんて予想だにしなかった。 まぁ、早々にその組合は自滅してしまったが。 何と言うか、そうただ単に意見の相違の上での自滅を迎えてしまったのだ。 そんなことは目に見えていたはずなのに。 □■□■□■ 「宍戸さんのあの長い髪、結構気に入ってたんですよ。俺。」 そう言って、頭の天辺にキスをする。 シャンプーのいい香りがする。 彼の、宍戸さんの匂いがする。 俺の精神安定剤。 「邪魔だったんだよ。それに、髪なんて伸ばせば良いだけだろ。」 後ろから抱きしめられた状態で。 顔が赤くなっているのを見られないのが唯一の救いである。 今、顔を見られたら茹蛸のようになっているのをしっかりと見られてしまうから。 抱きしめている腕に、自分の腕を絡ませながら幸福だなぁ。などと考える。 宍戸の柔らかい髪に顔を埋めながら、幸福だなぁと思う。 「好きです。」 「分かってる。」 「好きです。」 「…わかってるって…。」 「好きなんです。」 「……俺も好きだよ。」 「はい。」 手の届かない存在だったはずの彼が、今は手の届く範囲に居て。 それは、間違いなく俺の腕の中に居て。 それは何たる、幸福か。 それは何たる、優越感か。 それは何たる、それは何たる。 それは何たる…………………。 「俺が宍戸さん。アナタに初めて会ったときの事を、宍戸さんは知らないと思います けど。そのときの、宍戸さんの印象が鮮烈過ぎて。俺にとっては、何て言うか、神様 でも見たような気がしたんです。でも今は、もっと違うように思うんです。何もして くれない神様なんて、どうでもいいんです。あの時見たのも。今、ココで見ているのも。 宍戸さん、アナタに違いないんですから。その真実だけあれば、それは何もいらない。 アナタの隣に立って、こうやってアナタと一緒に居られればそれで、何も構わないん です。他は何も要らないんです。」 これだけは伝えておきたい。 俺は、アナタが死ぬほど好きです。 アナタの居ない世界なんて、俺には想像が出来ないんです。 俺の世界は、アナタを中心に回ってるって言っても何ら可笑しくなんてないんです。 それほどまでに、アナタの存在は、俺にとって鮮烈で強烈だったんです。 「お前さぁ、なんか勘違いしてないか?」 「え?」 いきなりかけられた言葉。 何を言いたいのかさっぱり分からない。 皆目見当も付かなかった。 俺は何を間違っているんだろう? 「俺が、お前が見てることに気付いてないとでも思ってたかよ?俺だって、お前の事 知ってたんだよ。あんときの朝、お前が見てることなんて知ってたよ。最初は勝手に 見てればいいって思ったよ。歯牙にもかけなかった。初対面の相手にあんまり興味な んてないし。けど、何でかお前のことは忘れなかったんだ。それで、お前が、テニス コートに立ってんのを見た時は、『ああやっぱりな』って思った。っていうか、お前 があそこに立ってないことなんて考えられなかったし。お前は、ココまで登りつめて 来た。だから、俺と一緒に今ココにいる。」 お前が、テニスコートに立っているのを見て。 純粋にカッコいいと思ったのは俺だけの秘密だ。 そんな事言ってなんかやらない。お前が付け上がるだけだし。 俺だけがずっと見ていたみたいで、恥ずかしい。 俺は、恋する乙女か……。 でも、はっきり言えるのは、お前が好きだって事。 世界中の誰よりも好きだ。 お前の居ない世界なんて、俺は要らない。 お前以外の誰かと、ペアを組みたいなんて思わない。 お前がいれば他には何も要らない。 それぐらい、俺にとってお前は必要な存在で。 あの時、あの朝二人が出会ったのは、偶然なんかじゃない。 むしろ、あれは必然。 会うべくして、会った。 出逢うべくして、出逢った。 あの場所に俺が居たからお前に出会えた。 あの場所にお前が居たから俺と出会えた。 それは十分条件でも、必要条件でもない。 それは必要十分条件。 片方も欠けてはならない。 二人の出会いは、一目惚れと言うにはあまりにも鮮烈で。
鳳君と宍戸さんが好きだったのは覚えてます。 宍戸さんが紙を切ったときは衝撃でした。 が、「ここからが二人の世界か」と思えば良い思い出かな。 なんて思っていたあの頃。 それは、今も変わってないので良かった……のか??
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