other's time

知らない誰かさんの時間 僕の育ったレヴィノス家というのは、帝国一の名家だったそうだ。 だったと言うとまるで没落してしまったかのように聞こえるが、そんなことは無い。 いまだに帝国一の名はそのままだし、栄えてもいる。 例え、そこの党首が女だろうとそんなことは何の関係も無い。 彼女の名前はアズリア=レヴィノスと言った。僕の実の姉だ。 姉さんには幸せになって欲しかった。 僕がどんな事になろうとも、姉さんにだけは幸せになって欲しかったんだ。 僕には、死の呪いが掛かっていた。 死の呪いと言っても、この命が尽きてしまうような種類の呪いではない。 実際はその真逆で、この命がなくなる事は無い。 いつまでも、繋がっている。 厄介なことに、この呪いは解く方法がないときたものだ。 世界中を探せば、きっと見つかることだろう。 けれど、今はその方法が見つからなくて。 どんなに断ち切ろうともがいても、一向にこの厄介な心臓はその機能を停止しない。 死の呪いなら呪いらしく、この命を華々しく散らしてくれたのならどれほど楽だったのだろう? 僕がどんなに死を望もうとも。 僕がどんなことをしようとも。 僕がどれほど悲しもうとも。 僕がどれだけ。 どれだけ。どれだけ。どれだけ………。 この呪いが僕の体を蝕み始めたのは、もう随分と昔の事だ。 僕が生れ落ちると同時にこの呪いは僕の体に刻み込まれた。 幼い頃は、死の影におびえ。 苦しくて、苦しくて。 いっそのこと誰でもいいからこの命を散らしてくれるのなら。 喜んで飛び込んでいったに違いない。 それが、死神であったとしても僕は喜んで受け入れただろう。 むしろ、好んで契約したに違いない。 その契約によって誰かを殺したいとか、そういうセオリーな事なんて何にもいらない。 ただ、絶対の死を与えてくれさえすれば、何だって良かったんだ。 そうすることで死の恐怖におびえることも、苦しみも、悲しみも、何もかも感じること なんてすまずにすんだ。 姉さんを悲しませる事だってしないですんだのに。 僕が一体何をしたって言うの? 姉さんが何をしたって言うの? 僕達が何かをしたって言うの? 僕達が何か抗うことの出来ない罪を創ったと言うのですか? 僕が幼かった頃、姉さんは時間を見つけては僕の傍に居てくれた。 姉さんだけが、この世界の中で、唯一血の通った人間だと思ってた。 父さんも母さんも世話役の人も、誰も彼もが僕を要らない人間だと言う目で見ていた。 この国の中から一歩も出たことの無い僕。 この町から一歩も出たことの無い僕。 この庭から外に繋がる門をくぐった事の無い僕。 この家から一歩も出たことの無い僕。 この部屋から一歩も出たことの無い僕。 このベッドから一歩も降りられない僕。 この監視された空間から解放されない僕。 いつだって、この部屋の、このベッドだけが僕の居場所だった。 そこ以外には行けない。 行かせて貰えない。 部屋から出て、僕が死んだらみんなが悲しむからだと思ってた。 「僕がしんだら、みんなカナシイのかな?」 お昼ごはんをトレイに乗せて持ってきてくれたお世話役の人に僕は聞いた。 何気ない質問だった。だって、気になってたんだもん。 毎日、毎日苦しくて。 発作の回数だって、日を追うごとに多くなってるんだよ? 死んじゃうんじゃないかって心配なんだもん。 死んじゃうとね、目の前が真っ暗になって。 姉さんの名前を呼んだって返事してくれないんだよ。 独りぼっちになっちゃうの。 寂しくてね。寂しくてね。 くるしいよぅ。たすけてぇ……。 「誰も悲しんでなんかくれませんよ。」 お世話役の女の人は綺麗な笑顔でそういった。心底嬉しそうに。 やっと気付いてくれたといわんばかりに。 「え?」 「ですから。アナタが死んでも悲しんでくれる人なんて、この家の中にはいませんよ。 だって、アナタはこの家にとって邪魔な存在なんですから。とんだ疫病神です。旦那様は、 このことを気になさっていらっしゃいますし。はっきり申し上げていい迷惑です。でも、 今日はやっとそのことに気付いていただけたようで、私はとても嬉しく思います。それでは。」 お世話役の人は今まで見たことも無いほど綺麗な笑顔で残酷なことを言い、退室していった。 今まで溜まっていた鬱憤を晴らすことが出来て清々してるようだった。 「いらないの?じゃまなの?」 頭の中がガンガンいってうるさいよ。 世話役のお姉さんが言っていた言葉が何回も、何回も響いてる。 もういいよ。 何回も言わないで。 やめて…やめて…やめて!! 姉さん…たすけてよぅ……。 その後、姉さんが僕の部屋を訪ねてきたのは一週間も後の事だった。 僕は姉さんが来てくれるまでの一週間、深い眠りにつけなかった。 眠ってしまったら、殺されてしまうんじゃないかって思った。 ごはんに毒が入ってるんじゃないかって思って、ろくにごはんも食べれなかった。 この家に中にいることが何よりも苦痛で。 姉さんが来てくれなくて、嫌われてしまったんじゃないかって、怖かった。 僕はいっぱいいっぱい考えた。 どうしたら、邪魔な存在にならなくてすむんだろうって。 どうすれば父さんも母さんも、僕を好きになってくれるんだろうって。 でも、答えは出なくて。 だから、神様にお願いを何回もしたんだ。 姉さんを僕の元に連れて来てって。 姉さんだったら何か答えを持ってるかもしれない。 でも神様は意地悪だから、姉さんを連れてきてくれない。 僕がこんなに、お願いしてるのに。 でもね、いっぱいいっぱいお願いしたから。 やっと神様は僕のお願いを聞いてくれたんだ。 「イスラただいま!いい子にしてた?」 嬉しくて、嬉しくて、走り出しそうになった。 でもできなかった。 「お帰り、姉さっ………ん……っぐ…」 発作が起こって……。 「イスラぁぁぁぁぁああああ……!!!!!」 姉さんの叫び声が、今日はひときわ大きく聞こえたんだ。 発作から目が醒めて。 体中が痛くてたまらなかった。 石みたいに体が固いんだ。 どうしてなんだろう? 姉さんが僕の手をぎゅっと握ってくれている。 あったかい。でも、この手は、本当に姉さんの手なのかなぁ? 僕は要らない子だから、姉さんだって僕のこと嫌いなのかもしれないのに。 僕のこと嫌いな姉さんが僕の手なんか握ってくれたりなんかしないよね? でも、誰がそのことをはっきりさせてくれるの? 姉さんが僕のこと嫌いじゃないって誰が教えてくれるの? だって、誰も教えてくれない。 みんな僕のことが嫌いだから、きっと教えてくれないよ? どうやったら解るのかな? どうすればいいのかな? ネェ?姉さん……。 ■□■□■□ 「姉…さん、僕…は死ん………ほう……って。」 「?イスラ目が覚めたの!?痛いとこない?何が欲しいものある?何でも言っていいよ?」 「……姉さん。僕は死んだほうがいいの?僕ね、そう、父さんにいわれたよ?僕はいらない んだって。姉さんさえいればいいんだって。僕はこの家をつげないからって。せっかく うまれた男の子なのに。って」 アズリアはイスラの言葉に耳を疑った。  今なんていったんだろう? いらない子? 死んだほうがいい? 誰が……いつそんなこと言ったの? 私のイスラにそんなこと、誰が言ったの? 「違う!」 鼓膜が破れるんじゃないかってくらい大きな声で叫んだ。 だって、イスラは私の大切な弟なのに?誰がそんなこと言ったの!? 何の権利があってそんなこというの!!? 「イスラはいらなくなんてない!!私の大好きな弟だもん!!いなくなっちゃヤダ!ずっと 一緒にいるの!!手をはなしたりなんてしない。イスラがいるところが、私のいる場所 なの。私の居場所をだれにもうばわせたりなんてさせない!!」 「だって、みんないうよ?僕はいらないこだって。じゃまなんだって。」 「違う!違う!!」 首を触れるだけ横に振った。何回も何回も。  認めたくなんて無い。 お父様がそういったのだとしても私はそうは思わないから。 誰が、なんていおうとも認めたりなんてしない。 「ノロワレタコナノニ?」 「!」 はっと息を呑んだ。まさかそんな答えが返ってくるなんて思いもしなかった。 部屋の中が静まり返って。否な静寂が部屋の中を覆った。 アズリアの手が小刻みに震える。 それが恐怖から来るものなのか、悲しみから来るものなのか区別のしようが無かった。 むしろ、両方が混在していた。 イスラにかけられている呪いは、解く方法が無い。 確実にイスラの命を奪い取っていく。 いつ、イスラが死んでしまうかも分からない、恐怖。 いつも一緒にいた存在が。 明日、目が覚めたら。 食事をしていたら。 遊んでいたら。 お昼寝をしていたら。 ………ふと、目を離していたら。 全ての『していたら』の間にイスラが手の届かないところに行ってしまうという、恐怖。 静かな表情で自分を、『ノロワレタコ』だと言うイスラを見て、胸が締め付けられるよう に痛い。 全てを諦めようとしてしまっているその瞳が悲しくて。 これからまだ、色々なことが待っていて。 イスラはこの部屋だけが全てだと思っているから。 この部屋の外にはたくさんの人がいて、動物がいて、緑が広がっていて。 綺麗なものがあふれていて。 それを、知らないで、諦めてしまわないで。 外の世界に連れ出せてしまえたら、どれだけ良かったのだろう? この小さな、このちっぽけな世界から、外に連れ出すことが出来たのなら。 「イスラ、お姉ちゃん決めたよ。イスラの居場所はお姉ちゃんが作ってあげる。イスラ を要らないなんていう人なんか追い出してあげる。お姉ちゃんがもっと大きくなって、 イスラをちゃんと守れるようになるから。力を持つから。イスラを守れるだけの力を つけるから。それまで、待ってて?必ず、イスラの居場所は守るから。」 「………姉さん?」 「待ってて……」 ■□■□■□ それから、姉さんは僕の部屋に来なくなりました。 訓練が忙しくなったからだと、周りの人は言っていました。 『役に立たない僕の代わりに、姉さんが家を継げるように。』 とのことだと言っていました。 僕は、この家に本当に居場所がなくなってしまいました。 誰もが、僕を居ない者として視界に映しません。 話しかける事が、無意味なものだと時が経つごとに分かるようになりました。 話しかけられる事が、なくなっていくのも時間の問題でした。   しかし、定期的に食事は運ばれてきます。 それが、僕の命を繋いでいるのなら、摂らずに居たらどうなるのだろうと思いました。 しかし、この呪いは、僕にそれをさせてはくれませんでした。 月日が経って、姉さんが正式に、軍に所属することになり。 僕は、この家が僕を外から、隠すためだけの『檻』だということに気付きました。


蔵出しもついにサモンナイトへ!! プレイしたことは一回もないんですけど(っえ!?) 緋山さんへのプレゼントで書いたものだった記憶が…。 違ったらごめんなさい。

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