夜の闇からも。 雨の音からも。 雷鳴からも逃げていた。 仲間からも……逃げていた。 赤い雨が降る。 ざぁざぁと降っていた。 どうやって、止めればいいのか本当は知っていた。 だって、降らしているのは俺だから。 俺が止めれば、その雨はやんだ。 でも、それは許されなくて。 ただ一人で、誰かが止めてくれるのを待っていた。 そして、悲鳴と恐怖を背負って彼はやってきた。 遂に、終われると思った。 豪雨と雷鳴が俺の意識を深く歪ませる。 「ここは”VOLTS”の支配エリアだ。すぐに立ち去ったほうがいいよ?」 ああ、今、俺は嗤っているのだろうか。 それとも、泣いているのだろうか。 もう、何でも良かったのかもしれない。 これで終われるのなら。 「死にたくなければね」 殺してくれればいい。 そうして、俺をこの世界から解放してくれ。 神さえも冒涜するこの世界から。 俺から、何もかもを奪うこの城から。 捨てられた俺を拾うものはもう現れない。 そう、誰も拾ってやくれない。 十分なくらい知っている。 この世界から、逃げられるのなら、逃げてしまいたい。 「へっ。やってみな…」 美しい死神は、ゾッとする様な笑顔で応えてくれた。 彼が言う真実は、どれほどに心地いいものだろうか。 その呪われた右腕で、俺の何もかもを奪ってくれ。 いつからだろう、この世界を嫌いなったのは。 俺がこの城に捨てられたとき? 雷帝として覚醒したとき? 天子峰さんに捨てられたとき? でも、笑っていられたんだ。 みんなの前では笑っていられたんだ。 けど、それも苦痛だった。 士度やカヅっちゃん、マクベス、柾も。 そして、みんなも。 俺のことを壊れ物でも扱うように、遠巻きに眺め。 神に縋るように、虚ろな瞳で俺を見る。 でも、俺には力なんてなくて。 ただ、辛くて。 これ以上失いたくないのに、周りには屍しかなくて。 その屍の多さに、もう一歩も前に進めない。 暗闇に抱かれて目を閉じれば、無数の手に絡め取られた。 殺した敵の手か、助けられなかった仲間の手か。 もう、どちらのものかさえ分からない。 次第に、起きていても眠っていても変わらないようになった。 闇は晴れない。 血は絶えない。 悲鳴は木霊し。 誰のものとも分からない墓だけが増え。 添える花も無く。 感情を削るように、殺した。 霧が晴れるように、意識がはっきりとして眼前に見える血の海。 血と肉が焦げ付く臭いがあたりに充満していて。 ビルとビルの間を駆け抜ける風が、その臭いを流していく。 身体の芯まで染み付いたこの臭いはもう、一生抜けないだろう。 逃げたかった、どこまでも。 でも、どこに逃げればいいかも分からなかった。 外の世界に飛び立つだけの力も無くて。 だから、いっそ、この身が灰になるくらいに跡形も無く。 存在さえ一斉残さず殺してくれる”誰か”を待っていた。 「ここは”VOLTS”の支配エリアだ。すぐに立ち去ったほうがいいよ?死にたくなければね」 やっと、やってきた。 待っていたのだ、ずっと。 「へっ。やってみな…」 けれど、綺麗な死神は、俺を殺してはくれなくて。 でも、俺がこの城から逃げ出すには十分で。 逃げるためだけにここから出るわけではないが。 俺はやっと、この城から外の世界に飛び出した。 いつか、この城に戻ってくる時が来るだろう。 けれど、それまではこの城から逃げ続ける。 あの綺麗な死神を見つけられるだろうか。 逃げて、追い駆けて。 城から逃げているのは俺で。 俺から逃げているのは城で。 常に城に見られているのは俺で。 常に俺に見られているのは城で。 もう、どちらが頭で、尾なのかさえ分からない。 喰らい、喰らわれ。 そして、綺麗な円環を描いて。 無限に逃げ続ける夢を見ているのだ。
いろんなものから逃げて、でもちゃんと向き合う。 大変なことだと思う。 まだ、逃げまくってた頃の銀次君の話。
≪戻る。