11 逃げる

夜の闇からも。 雨の音からも。 雷鳴からも逃げていた。 仲間からも……逃げていた。 赤い雨が降る。 ざぁざぁと降っていた。 どうやって、止めればいいのか本当は知っていた。 だって、降らしているのは俺だから。 俺が止めれば、その雨はやんだ。 でも、それは許されなくて。 ただ一人で、誰かが止めてくれるのを待っていた。 そして、悲鳴と恐怖を背負って彼はやってきた。 遂に、終われると思った。 豪雨と雷鳴が俺の意識を深く歪ませる。 「ここは”VOLTS”の支配エリアだ。すぐに立ち去ったほうがいいよ?」 ああ、今、俺は嗤っているのだろうか。 それとも、泣いているのだろうか。 もう、何でも良かったのかもしれない。 これで終われるのなら。 「死にたくなければね」 殺してくれればいい。 そうして、俺をこの世界から解放してくれ。 神さえも冒涜するこの世界から。 俺から、何もかもを奪うこの城から。 捨てられた俺を拾うものはもう現れない。 そう、誰も拾ってやくれない。 十分なくらい知っている。 この世界から、逃げられるのなら、逃げてしまいたい。 「へっ。やってみな…」 美しい死神は、ゾッとする様な笑顔で応えてくれた。 彼が言う真実は、どれほどに心地いいものだろうか。 その呪われた右腕で、俺の何もかもを奪ってくれ。 いつからだろう、この世界を嫌いなったのは。 俺がこの城に捨てられたとき? 雷帝として覚醒したとき? 天子峰さんに捨てられたとき? でも、笑っていられたんだ。 みんなの前では笑っていられたんだ。 けど、それも苦痛だった。 士度やカヅっちゃん、マクベス、柾も。 そして、みんなも。 俺のことを壊れ物でも扱うように、遠巻きに眺め。 神に縋るように、虚ろな瞳で俺を見る。 でも、俺には力なんてなくて。 ただ、辛くて。 これ以上失いたくないのに、周りには屍しかなくて。 その屍の多さに、もう一歩も前に進めない。 暗闇に抱かれて目を閉じれば、無数の手に絡め取られた。 殺した敵の手か、助けられなかった仲間の手か。 もう、どちらのものかさえ分からない。 次第に、起きていても眠っていても変わらないようになった。 闇は晴れない。 血は絶えない。 悲鳴は木霊し。 誰のものとも分からない墓だけが増え。 添える花も無く。 感情を削るように、殺した。 霧が晴れるように、意識がはっきりとして眼前に見える血の海。 血と肉が焦げ付く臭いがあたりに充満していて。 ビルとビルの間を駆け抜ける風が、その臭いを流していく。 身体の芯まで染み付いたこの臭いはもう、一生抜けないだろう。 逃げたかった、どこまでも。 でも、どこに逃げればいいかも分からなかった。 外の世界に飛び立つだけの力も無くて。 だから、いっそ、この身が灰になるくらいに跡形も無く。 存在さえ一斉残さず殺してくれる”誰か”を待っていた。 「ここは”VOLTS”の支配エリアだ。すぐに立ち去ったほうがいいよ?死にたくなければね」 やっと、やってきた。 待っていたのだ、ずっと。 「へっ。やってみな…」 けれど、綺麗な死神は、俺を殺してはくれなくて。 でも、俺がこの城から逃げ出すには十分で。 逃げるためだけにここから出るわけではないが。 俺はやっと、この城から外の世界に飛び出した。 いつか、この城に戻ってくる時が来るだろう。 けれど、それまではこの城から逃げ続ける。 あの綺麗な死神を見つけられるだろうか。 逃げて、追い駆けて。 城から逃げているのは俺で。 俺から逃げているのは城で。 常に城に見られているのは俺で。 常に俺に見られているのは城で。 もう、どちらが頭で、尾なのかさえ分からない。 喰らい、喰らわれ。 そして、綺麗な円環を描いて。 無限に逃げ続ける夢を見ているのだ。


いろんなものから逃げて、でもちゃんと向き合う。 大変なことだと思う。 まだ、逃げまくってた頃の銀次君の話。

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