29 抱きしめる

「トリコのところに行きたいんだろ?」 「大丈夫、僕はこの家にずっと居るし、どこにもいかないよ」 ココはキッスの背に小松を乗せ、離れる。 優しく、キッスをなで、飛び立つように伝える。 力強い羽ばたきで、風が起きる。 小松君を乗せたキッスが、大空に羽ばたく。 「さようなら」 最後まで、見届けることが出来なくて、逃げ込むように部屋に戻った。  + + + + + 彼が居ないだけで、この家は熱を忘れてしまったようだ。 色をなくした世界。 もう、何もなくなってしまった。 彼を抱きしめる腕も、今となっては、無用の長物だ。 僅かに残っている、君の残り香もやがてや薄れてしまう。 気の笑顔も、時が経てば色褪せてしまう。 忘れたくない。 一緒にいたい。 隣で笑っていて欲しい。 でも… 「!!」 背中に感じたのは、確かな人の体温。 その腕を精一杯伸ばして、抱きしめる。 「…どう…して」 「だって、ココさん泣きそうですもん」 サヨウナラと告げたその瞳は、揺れていた。 また、今度。といわなかったのは、どうして? またね。と次を匂わせなかったのは、どうして? 『キッス!お願い、ココさんのところに戻って!!』 『あ゛ぁ゛!』 エンペラークローの背に顔をうずめて、必死に願った。 ここで、ココさんの前から離れてしまったら、ダメだと、どうしてだか分からないけど思った。 転げ落ちるようにキッスから飛び降りて、彼の家に飛び込んだ。 不法侵入だといわれてもいい、その、大きく寂しい背中にしがみついた。 「ボクは、何処にも行きませんよ」 「…ごめん…ごめんね」 キミが、もう戻ってこないと思った。 トリコと一緒に世界中を旅して、新しい食材に触れて、新しい味を探求するキミを。 ここに縛り付けてしまうことなんて出来ない。 でも、もう、キミなしじゃ、息の仕方すら分からない。 どうして、平気な顔が出来るっていうんだい? 「ココさん、大好きです」 (臆病な貴方の支えになりたい) (だから、一人で泣かないで下さい)


ココさんの寂しそうな背中に飛び込んだ。 小松くんという奇跡に。 感謝せずにはいられないのです。

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