『おめでとうの一言が・・・』

『おめでとうの一言が……』 今更『おめでとう』なんて、どんな顔して言えばいいのだろう。 何でか季節が過ぎるのは早いもので。 今年もこの季節がめぐってきてしまった。 去年をどう凌いだのかなんてすっかり忘れてしまった。 ……なんて言えたら幸せだろうにと思ってしまった。 去年は去年で苦心して色々したのだ。 あいつが喜ぶようなことを。 だが、今年はそうも行かない。 コレでも忙しい身なのだから。 何をしてやろうと考えているうちに、とうとうあいつの誕生日まであと何時間と 迫ってきてしまった。 どうして、こういうときばかりは時間が早く過ぎるんだろう。 毎日一生懸命生きている俺にご褒美はないのか。 一日が40時間もほしいとは言わないから、もうちょっと時間を下さい。 お願いです。 神様お願いします。 信じてなんかないけど。 あ、ご利益がなくなりそう。 えっと。 不貞寝しようかな。 なんかすごくいい案が浮かんだ気がする。 そうだ、寝てしまおう。 寝てて、忘れてたごめんくらいで良いか。 よし、この手を使って今年は逃げおおせてしまおう。 悪いな。 俺、今年ばっかりはどうしようもないわ。 「おやすみなさい」 多分、その時の俺は最上級の笑顔とともに自室のベッドの上に転がったと思う。  * * * 月明かりの下。 縁側で俺は目が覚めた。 「……」 悪い夢だろうと思って、俺はもう一度目を閉じた。 しかし、一向に眠気は訪れず。 俺は、むくりと身体を起こすと縁側に座った。 どこの縁側だか分からないが、庭の趣味はとても良い。 落ち着いた雰囲気がとても気に入った。 「この庭があるなら、住んでもいいナァ」 「ほんと?じゃ、君に譲ろうかな。この家」 一瞬背中を嫌な汗が流れた。 まったく気配を感じなかった。 自分の知らない声が聞こえたのにだ。 しかし、どこかで聞いたような声色であったから、俺は慌てなかった。 静かに声のしたほうに視線を動かすと、 「…カカシ、じゃないよな」 「残念でした。惜しいけどね」 白髪…じゃなくて銀髪の三十路ぐらいの男の人が静かに立っていた。 自分の記憶の中の誰かさんとダブル。 一回しか聞いたことがないが、その名前を口に出した。 間違っていたら、大変申し訳ないが。 「えっと…サクモさんでしたっけ?カカシのお父さんの」 「正解です」 良かった。と、ナルトは胸を撫で下ろした。 カカシの父であるサクモはナルトに隣に座っていいか訪ねると、静かに腰を下ろした。 「どうして此処−俺の夢の中−にいらっしゃるんですか?はたけサクモさん」 「どうしてだろうね。でも、どっちかって言うと君が僕に逢いたかったんじゃないの?」 「…万に一つそうだとして、俺は何の用があるんでしょうね?」 「それは、君にしか分からないことじゃないのかな」 飄々とした人だ。 親子はやはり似るのだと、ナルトはひっそりと思った。 しかし、カカシよりも頼りがいのある雰囲気で。 もっと、落ち着いていた。 年がそうさせるのか、今までの経験などがそうさせるのか。 彼の存在はとても自然だった。 もう、随分と前に亡くなってはいるけれど。 黙っていても何も解決できないので俺は、ポツリポツリと話し出した。 「あいつ…カカシが誕生日なんですけど、俺、今年は何もしてやれそうになくて」 「うん」 「それなりに感謝してるんです。世話かけさせられてばっかりだけど」 「頼りない息子でゴメンね」 ナルトは色々なことを思い出しながら顔をしかめた。 その顔を見てサクモは申し訳なさそうに苦笑した。 サクモの反応に対してナルトは、軽く首を左右に振っていった。 「いえ、俺もあいつには助けられてるんで」 「それは良かった。それで」 ナルトは一つ息を吐くと、一気に話した。 呆れられるだろうと分かって。 「何にもしてやれないのが申し訳なくて。どうしようかって不貞寝を…」 しかし、その予想に反してサクモはうれしそうに笑った。 ちょっとおかしいのか、口元に手をやってから言った。 「それはそれは、あいつにとっては幸せな不貞寝だ」 ナルトは一瞬耳を疑った。 サクモの顔を訝しそうに見た。 その反応に対してサクモは当然だろうな。と言って笑った。 笑って、それから一言言った。 「あいつのことを一生懸命考えてくれていたんだろう?それはあいつにとって 幸せなことだと私は思うよ。あいつが大切にしている君なら尚更」 なんだか、とても恥ずかしいことをさらりと言ってのけられたと思った。 何で、こんなことを簡単にこの人は言ってしまうのだろう。 それが信じられなかった。 この人の奥さんはきっと赤面するような告白をいくつも受けていたんだろうと 容易に想像が出来た。 想像が出来ただけに、カカシが少なからずこの影響を受けているのだと思い、出来る なら、この性格を完全に再現しないようにしてほしいと思った。 最近のあいつは恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言うようになった。 それをいい傾向ととるのか、恥ずかしいやつだと思うのか。 赤の他人がそれを受けているのなら、勝手にしていればいいと思うが、当事者な だけにあんまりほうっておくのも生活に支障が出る。 考え込んでいるのか、簡略版百面相のようになっているナルトを微笑ましく思い ながら、自分の息子が幸せなようで良かったと息をついた。 相手が男で、一回り以上も年下であることを考慮しても良い廻り合わせだったと思う。 (四代目も罪作りな人だ) クスリと笑って、サクモはまだ百面相を続けているナルトに声をかけた。 「ナルト君」 「は…はい」 「カカシをよろしくね」 「え?」 「別に特に何をしてくれなくても良いよ。君からの『おめでとう』があいつにとって 何よりもうれしい言葉だと思うから」 「でも…」 「ね?あいつに、それだけ伝えてあげて、君の精一杯の想いで」 「……」 「じゃ、もう、僕は帰るから。カカシによろしく言っておいてね」 「っちょ!!」 又、夢であえたら良いね。と言いながらサクモから俺は遠ざかった。 手を伸ばしても届かない。 とても速いスピードで俺は離れ、そして目が覚めた。  * * * 目を開けるとそこは自分の部屋で。 空には月が煌々と輝いていた。 右を向くとカカシが椅子に腰掛けてこっちを見ていた。 緑色のベストは椅子の背に掛け、額当ははずして、テーブルの上に。 いつものマスクは下ろして素顔をさらしていた。 足を組みながらこっちをなおも見続けるカカシ。 あまりの居心地の悪さに俺は起き上がった。 「おはよう」 「……不法侵入」 「今更じゃない。ナルトだって起きなかったし」 「……」 なぜだろう。 夢から覚める直前まで、こいつに言いたい言葉があって。 それを言う決心をつけたはずなのに。 急に言いたくなくなった。 そんなナルトに気がついたのかいないのか。 カカシはナルトのベッドに歩み寄ると 「ね、どんな夢見てたの」 おかしそうに笑っていた。 こいつは何か聞いたか見たかしたに違いない。 「教えない」 「何で、教えてよ」 「言わない」 「なんで」 「……」 カカシは嬉しそうにベッドに腰掛けてずっと笑っている。 ちらりと時計に目をやるとちょうど日付が変わった。 「誕生日おめでとう」 そっぽを向きながら、聞こえるか、聞こえないか位の声で。 そのまま、言い逃げをするように、布団を被って丸くなった。 気配でなんとなく、カカシが呆気にとられているのが分かった。 (俺が祝いの言葉言うと驚くのかよ) なんとなく癪に障ってさらに、小さく丸くなる。 「ありがとう」 随分と遅れて声が響いた。 やたら、幸せそうな気配が伝わってきた。 気恥ずかしいとはこのことを指すんだろうな。 もう、どうでもいいやとナルトは目をつぶった。 そのあと、カカシが布団にもぐりこんできたのは言うまでもなかった。


2007年のカカシ君の誕生日でした。 毎年ちゃんと祝ってやってるんだナァと、感心しました。 来年もちゃんと祝ってあげられるといいな。 では。

≪戻る。