君が生まれた日。(下)

その日は結局森の中で夜を過ごした。 10月にもなると朝晩は物凄く冷えてくる。 でも、別に凍死する様な気候でもないし。 それに、1月や2に月の頃になればこんな寒さは何の比にもならない。 里の冬は寒い。 木の葉の里は南の方角に位置しているから、まだそんなに酷くはない。 けれど、湖の表面は凍るし、雪も降る。詰まるところ寒いことに変わりはない。 寒さで悴んだ体を両腕で抱きしめて、小さく縮こまる。 その、小さな動きだったのに、心配するように。慰めるように。 一晩一緒に居てくれた動物達がその身を寄せてくれる。 アッタカイ。 自分を気遣うように寄り添って。 言葉は介さないけれど、その優しさは十分に伝わってきた。 いつも忘れられてしまう存在が、今日はその瞳にさえ映らないから。 存在を認めて、寄り添ってくれる彼らがいとおしい。 そのまま、時間だけがただ流れて行って、日がだいぶ昇って、傾き始めている。 里の宴の音が響いている。こんなにも離れているのに。 何事においても良すぎるものは、困りものだ・・・・・。 これが現実。 今、このときが現実。 でも、現実に戻りたくない。 逃げたいわけじゃない。 ただ、いつもに戻ってこの温もりが離れていくのが怖い。 生ぬるいだけの優しさなんて望んでない。 言葉が矛盾してる。 何か、自分の事なのに上手くコントロールできない。 誰にも干渉して欲しくない自分と、誰でもいいから見て欲しいと望んでいる自分。 一つの器の中に、全く逆の二人が居て。 でも、誰かに見て欲しいと望んでいる自分は、今の生活じゃ絶対に無理。 それを、望み続ければ、ただ悲しい現実が待っているだけ。 誰よりも、強くありたいと思っているけれど。 本当は誰よりも弱い存在。 強がっているだけなんだと。 自覚して、それに甘んじてしまったらきっと生きていけないから。 優しさは、望まない。 生ぬるい世界にさようならを言い続ける。 「誰かに側に居て欲しい何て言わないから。」 でも、それでも。 俺の存在だけは消さないで。 忘れてもいいから。 何もしてくれなくて構わないから。 ただ、その存在だけは消さないで。 そこにただ在るだけで良い。 それ以上は何も望まない。 どんなにこの手が血に染まろうとも。 誰にも愛してもらえなくても。 それでも、構わないから。 居場所なんて要らない。 生暖かいだけの温もりなんて求めないから。 此処に存在することだけは、許して。認めて。 他には、何も要らないから・・・・・・・・・・。 「・・・・・・・・捕まえた・・・」 いきなり聞こえた声。 抱きしめてくる大きな手。 よく知った声。 温かい手。 雰囲気・・・・・。 壊れ物でも抱きしめるかのように、優しく抱きしめられて。 何で、気配に気付けなかったんだろう?とか。 どうしてこの場所が分ったんだろう?とか。 何で、ここに居て、しかも息を切らしているんだろう?とか。 何で?どうして?しか思い浮かばなくて。 頭の中が疑問符を並べて出来た言葉しか思い浮かばなかった。 慰霊祭に出てるんじゃないの? アンタが居なくちゃ 『今一盛り上がりに欠ける』 と誰かが言っていた。 アンタも当事者だろ? 俺の側になんか居たくないんじゃないのか? アンタの大切な人を奪ったはずだ。 アンタだって死にそうな目にあったんだろ? 何で、こんなトコにいんだよ。さっさとどっかに行っちまえ。 同情なんて真っ平ごめんなんだよ。 ・・・・・・・・・・・・さっさとどっかに行っちまえ。 「何処にも行かないよ?」 平然と。心に思ったことをずけずけと。 いい加減気付けよ。 俺は、誰とも居たくないんだ。 今日は誰にも会いたくないんだ。 独りにしてよ。 ほっといて・・・・・。 「俺はナルトを独りになんてしないから。逃げないでよ。」 「・・・・・・・。」 優しくしないで。 こっちに来ないで。 俺の中を騒がしくしないで。 静かにして居たいんだ。 今日だけは、どうしてもダメなんだ。 記憶の中のあの人が泣くから。 これ以上、束縛しないで・・・・・。 翼をなくした鳥。 鰭をもがれた魚。 生きていく上で、大切なものを奪われて。 これ以上奪ってしまったら。 どうやって彼らは生きていく? 次第に動けなくなって。 地に伏せてしまえば、立ち上がることも出来ず。 誰にも、見られることなく躯(カラダ)が腐って。 次第に蛆虫が湧き出し。 その躯を喰らう。 そして、再び土へと還って行くんだ・・・・・。 輪廻の輪に沿って。 「ねぇ。」 後ろから抱きしめていた形を、向き合うように直して。 人形のように成すがままにされて。 今日、初めて見た銀色。 でも、昔もこんなことがあって。 そんな筈はないのだけれど。 目線があってない。 俺を通して何処を見ているの? ねぇ。俺のことちゃんと見てよ。 逃げないで。 諦めないで。 少し、手を伸ばせば欲しいものに手が届くのに。 どうして途中で諦めちゃうの? 悲しい思いをしても悲しくないと思い込んで。 痛くても痛くないと思って。 自分よりも、他人を優先して。 たまには、自分の事だけを考えて。 他は何も考えなくていいから。 「・・・・・何でナルトが逃げなくちゃいけないの?こんな寂しい場所で。ねぇ。今日 何の日だか知ってるでショ?」 その瞳が悲しみに彩られていくのが手に取るように分って。 罪悪感に苛まれる。 だから、独りにして欲しいのに。 アンタだって人間なんだから。 偽善者ぶって、頑張らなくったっていいよ。 俺は、別に何も困らないから。 ねぇ? 俺のこと嫌いになったら、帰ってくれるかな? ここはアンタが居るべき場所じゃないんだ・・・・・・。 ―――― 向けられる感情は憎しみだけで良い。 「里が九尾に襲われた、忌まわしい日だろ?」 「・・・・違うでショ?」 「違くないだろ・・・・・ああ、四代目火影が死んだ日とか?」 首を傾げて。馬鹿にしたように笑う。 演技なんて簡単なんだ。 ただ、頬の筋肉をちょっと緊張させて動かすだけ。 本当に簡単なんだからさ・・・・・さっさと騙されちゃってよ。 「・・・・・・っく・・」 分って貰えない。 無理やり抉じ開けてもいいんだけど。 それじゃ意味がないんだ。 ナルトが、はっきりと認識してくれなくちゃ何も始まらないんだ。 戻ることも、進むことも何もないまま今年も終わりになるなんてしたくない。 パァ――ン 乾いた音が森の中に響いた。 「・・・・・・。」 叩かれた頬が痛かった。 でも、それ以上に心が痛くて。 これで、カカシが離れていくならそれ相応の代価が支払われただけだ。 あんなことを言って。 カカシの下忍時代の上司が四代目火影だと知って言ったのだから。 自分の身内をあんな風に言われれば誰だって腹が立つ。 カカシが、心を開いていた人物なら尚更。 だから、叩かれたって何も言えないんだ。 叩いた手が痛かった。 ジンジンと痺れが広がっていく。 でも、その手よりも何よりも心が痛かった。 分ってくれないことが、悔しくて。 何で自分の価値に気付いてくれないんだ。 「何で分ってくれないの?」 ――――― こんなの押し付けだって分ってる。 「どうしてそんな事言うの?」 ――――― 何で、俺が怒るだろうって言葉を選ぶの? 「何で独りになりたがるの?」 ――――― ナルトばっかりが辛い思いをして。 黙ってしまったナルトの肩を掴んで揺さぶる。 黙ってちゃ何も分らないよ。 ナルトが本当はどうしたいのかとか。 何を感じているのだとか。 泣きたいのか、怒りたいのか。 言葉にしなくちゃ伝わらないことはいっぱいあるんだよ? 黙って、何もかもを背負い込んでしまえば。 自分だけが犠牲になれば良いとか思ってるんだったら。 何をしてでも、そこから引きずり出すよ? 「俺に、何を求めてるんだよ・・・・・・!!」 物凄い殺気と共に睨まれた。 腕の中から出て行こうとするその動きをとっさに封じてぎゅっと抱きしめる。 骨が軋もうが、痕が付こうが今は何も考えられなくて。 此処で、逃してしまったらきっともうこの存在を掴めない。 何処かへ。 とても遠い何処かへ行ってしまう気がした。 腕の中で、必死に手を着いて体を引き剥がそうと懸命にしている。 でも、そんな子供の力じゃ、体は離れない。 次第に、引き付けを起こした子供のように騒ぎ出す。 「離せよ!!」 「ヤダ。」 「どっか行けよ!!」 「何処にも行かない。」 「ほっといてくれ!!」 「ほっとけないよ。」 段々と、視線が外されていって、最後の一言なんて俺の肩の辺りに響いた。 悲しい顔で。 泣きたいくせに泣かないで。 年相応に泣きはらせば良いのに。 それが出来なくて。 だからこんなに悩んでる。 本当は、優しさが欲しいのに。 怖いんだ。 優しくされて、棄てられるのが怖いんだ。 だから、信用できない。 これ以上悲しい思いをしたくないから。 離れてる理由なんて、本当は自分の為。 殻に閉じこもって、それで良いと思ってる。 なら、少しぐらい手荒いことしても構わないよね? だって、ナルトを待ってる人はいっぱい居るんだから。 今、気付かなかったら、きっとナルトは後悔するから。 だから、ちゃんと目を見て。 目を逸らさないで。 精一杯の言葉を吐き出す。 こんなこと思ってない。 傷つけたくない。 でも、何を言っても離れてくれないから。 ―――― ゴメンナサイ。 「偽善者ぶってんなよ!!」 泣き出しそうだった。 一番見当はずれな暴言。 カカシはそんなことはしない。 ずっと一緒だったんだから一番良く分ってるのに。 お願いだから、もう、構わないで・・・・・・・・・。 「ナルト!!」 びくッと体を一瞬すくめて、口を閉ざす。 『本当に、嫌われた』 そう思った。 「ナルトは何が怖いの?」 「・・・・・怖いものなんてない。」 「じゃあ、俺の目を見て言ってよ?」 「何で?」 「怖いものなんてないんでショ?じゃ、俺の目を見て言えるでしょ。」 ナルトの声が微かに震えてるのが分る。 自ら苦しい道を選んでしまったのだから。 心と行動が正反対。正直になれない。 だから、誰よりも損をしてしまうんだ・・・・・・。 「ナルトは怖いんだよ。自分が傷つくのが。」 「違う。」 「本当は他人が不愉快な思いをして、悲しくなるのがイヤなんじゃなくて。それを 見て、悲しむ自分が可哀相なだけでショ?」 「違う!!」 否定する声が大きくなってゆく。 本当は、逃げてるって自覚があって。 誰かに、それを言われる日が来ると分っていても。 でも、此処で止めたらナルトに、見せてあげられないんだ。 ナルトのことを待ってる人が居るってことを、教えてあげられないんだ。 今日だけは・・・・。 「・・・・・誰だって、自分が傷つくのが怖いんだよ。何だかんだ言っても自分が 可愛いんだから。」 「聞きたくない。」 ・・・・・・・狡い大人でゴメンね。 今日だけは、譲れないんだよ。 どうしても。 「逃げてちゃ何も始まらないんだよ?」 「逃げてない。」 「じゃ、帰れるよね?」 「何言って・・・・・!!」 いきなり、雰囲気を変えたカカシに一瞬、戸惑う。 真面目な話をしていたのに、いきなり話の腰を折られた。 話しかけてきた張本人から。 「実はサクラたちがずっと待ってんだよね。俺、これ以上遅れると殺されちゃうから。 良かった、ナルト帰ってくれるんでショ?」 「勝手に解釈すんな!!」 「あ〜はいはい。無駄口叩いてると舌噛むからね。」 よっこらしょ。とジジ臭い台詞をはいてナルトを抱いたまま颯爽と走り出す。 「離せ!!下ろせ!!」 「ダ〜メ。」 サクラたちの気持ちをちゃんと受け取りなさい。 俺の力だけじゃ何ともならないなんて、情けないことこの上ないけど。 ナルトの心を開かせる為なら仕方ないよね。 森からものの5分も要さなかった。一昨日から留守にしていたはずの自分の家。 その部屋から漏れる明かりと、人の気配。 よく知った気配は、居心地が良いものだけど。 まだ、行きたくない。と強く思ってるの自分が居る。 カカシは溜息をつくと『此処まで来たんだから、いい加減諦めなさい。』と他人事の ように言う。 「・・・なん・・・・・・・!!」 「サクラー。ナルト捕まえて来たぞー!!」 ナルトのことなんてお構いなしに道から部屋まで届くように叫ぶ。 その声に反応して、ナルトの部屋の窓が乱暴に開く。 「何やってたのよ!二人とも遅すぎ!!」 サクラが、怒ったように叫ぶ。 その後ろにはサスケも居て。 永遠とサクラの愚痴を聞いていたのだろう、わずかだが心労が伺える。 「え・・・・あ・・・・。」 返す言葉が見つからなくて。 完全に消していた気配だけはいつも通りに流しているけど。 サクラの迫力に押されて・・・・たじたじだった。 「料理冷めちゃうでしょ!!せっかく私が腕を振るったんだから早くしてよ。」 「ゴメ〜ンね。ナルトが先生とイチャパラしたいって言うからさぁ〜。」 「!!」 とっさにカカシの顔を見上げて。 してやったり。といった顔をしたカカシを見て。 はめられたのだと気付いたが。 もう後の祭りだ。 「ほらほら、上見て。」 顎でしゃくるカカシを睨み、上を見上げる。 「「ナルト、誕生日おめでとう!!」」 息を合わせて、手で、音を拡張して。 澄んだ空気が振動して、声が綺麗に響き渡る。 目尻が熱くて、鼻の奥がジンジンと痛い。 「ナルトお礼は?」 「この、狸・・・・・。」 「ん?何か言った?」 「・・・・・・後で覚えてろよ。」 「ん〜どうしよっかな。」 とぼけるカカシの脇腹を精一杯蹴っ飛ばして、部屋へと走る。 今回は特別にこれだけで免除してやる。 玄関の扉を開いて。 そこに立っている二人に最高級の笑顔を向ける。 「サクラちゃん、サスケ。アリガトウってば!!」


ここまで読んでくれた人とか居るのかしら?居ないだろうね。 かなり、途中までシリアスで頑張ったのに。 最後の最後でギャグに転向したよこのバカは。 はい。10月10日はナルトの誕生日です。 ギリギリ間に合わせましたよ。 愛ゆえに頑張れた。 もっと頑張っても良かったんですけど。 これ以上頑張っても暗いのしかかけないので。 無理やりこじつけて、かなり無茶なことばっかりしました。 ゴメンナサイ。 取り敢えず。 ナルト、誕生日おめでとう!!                          

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