櫻 前編

満開の桜の下で誰かが踊っている。 とても綺麗な人だけれど。 あまりにも綺麗過ぎて。 この世のものではない気がした。 だって、その人の周りだけが白く光っていたから。 兄さんと手をつないで桜が咲く夜道を歩いていた。 月がきれいだから、どうしても外を歩きたくなって。 父さんと母さんには内緒で、兄さんと二人だけで外に出た。 空には月が上がっていて。 真っ暗な空にぽっかりと穴が開いているみたいだった。 森の中を歩いて、丘に出た。 そこには満開の桜が咲いていた。 月明かりに照らされた桜は青白く光っていた。 日の光の下ではピンク色をしていたはずなのに。 月明かりの下では青白かった。 不気味な感じがして、兄さんの上着の裾を知らずに握っていた。 「怖いか。」 何の音もしない世界に声が聞こえた。 「え!?」 「手が震えている。」 兄さんは柔らかな笑顔を浮かべて俺を見ていた。 父さんの前ではそんな顔しないのに。 俺の前では、見せてくれる笑顔。 俺だけの特別だと思っていた。 兄さんは裾を握っていた俺の手を外して自分の手を握らせた。 「兄・・さ・ん?」 「まだサスケには夜桜は早かったかな。」 「そ・・そんなことないよ!!」 「そうか?」 イタチはサスケのことを子供扱いすることが多々あった。 サスケはそれを嫌がっていたが、そんなイタチの自分に対する扱いが イタチにとって自分が特別な存在であることの確認ができて嬉しかった。 イタチは馬鹿にしている訳ではないけれど、どこか可笑しそうに笑っていた。 兄さんも俺みたいなときがあったんだろうか? 父さんと夜桜を見に来たことがあるんだろうか? 兄さんに手を引かれて桜の中を歩く。 満開の桜は何か恐ろしい感じがした。 アカデミーで誰かが言っていた。 『桜の下には屍体が埋まっている。』 そのときはどうせ単なる噂話だと思って馬鹿にしていた。 けど、今は違う。 どうしてだか分からないけど、それが本当だと感じていた。 だって、こんなにもここの桜は恐ろしい。 喰われてしまいそうな感じがしてならない。 一人でこんなところに居たらきっと、どこかに連れ去られてしまう。 確かな恐怖に背中を見せながら森の中を歩いていく。 歩かなければ、家に帰れない。 この森から出て行くことが出来ない。 月がまだ空にあるうちに出て行かなければ、ここから出て行けなくなってしまう。 夜の住人としてこの森に連れて逝かれてしまう。 兄さんの手だけが頼り。 手が離れたら一歩も進めない。 放さないで。 お願いだから、放さないで。 ひらり ひらり ひらり 満開の桜の中で桜が散っていた。 散っている? そんなわけない。 散ってしまうわけがない。 あれは・・・・・? 急に立ち止まる。 足に根が生えてしまったのかもしれない。 だって、一歩も先に進めない。 喉が渇く。 目を逸らす事ができなくなる。 先に進もうとしていた兄さんの手を必然的に後ろに引いてしまう。 歩を止めたイタチはサスケを見やった。 視線がどこか先を見つめていた。 「サスケ、どうした?」 「兄さん・・・あの・人・・は誰?」 「あぁ」 サスケの視線の先に居たのは白拍子。 月明かりに照らされた桜の木の下で桜の花びらのように舞う白拍子。 そして、それを取り囲むように座っている暗部。 動物を模した面と白いベストが暗闇の中に浮かび上がる。 白い舞台の中で白拍子が踊っているような。 そんな感じを抱かせる。 その白拍子は・・・・金色の子供。 姿形を変えては居るけれどその色はあまりにも強烈で隠し切れない。 うっすらと浮かび上がる写輪眼を抑えもせずに話し出す。 運よくサスケは白拍子に釘付けでイタチを見ていなかった。 「・・・・あれは白拍子だよ。桜の時期になるとこうやって舞を舞っているんだ。」 「へぇ〜・・・綺麗だね。」 サスケがその白拍子に囚われているのはすぐに分かった。 でもあの子は特別だから囚われてはいけない。 今はまだ早すぎる。 お前は俺が居なくなってからあの子を守るためだけの存在で居なくてはいけない。 それ以上でもなくそれ以下でもなく。 あの子の特別になってもいけないしあの子を特別にしてもいけない。 「・・あの人・・・」 「あの子には関わってはいけないよ。関わってしまったら囚われてしまうから。」 「兄さん?」 「サスケ。あの子のことは忘れなさい。」 「どうして!?」 サスケはイタチを仰ぎ見た。 そこには発動した真っ赤な写輪眼。 「あの子は特別だから。」 静かな笑みを浮かべて。 俺の知らない笑顔を浮かべて。 怖くなって目線を外そうとした。 イタチの写輪眼が回りだす。 ぎゅるぎゅると音を立てて。 恐怖に固まったまま動けもしなくて。 真っな闇に引き込まれていった。 サスケが意識を失い崩れ落ちる。 そのれを白拍子が見ていてふっと笑った。


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