宵桜

開の桜と満月。 青白く発光する桜の下で。 酒を飲むわけでなく。 唄うわけでもなく。 ただ、一人の白拍子を囲んで。 その舞を見るだけ。 ひらりひらりと舞い散る桜の花びらのように。 重さもなく舞う白拍子。 真っ赤な紅の引かれた唇。 地に着くほどの黒い髪。 頭にかぶられた立烏帽子。 橙の袴。 白い直垂。 月明かりに照らされた姿はこの世のものとは思えなかった。 見事に咲き誇る桜の下には屍体が。 見事に舞う白拍子の下には恐怖が。 囚われたら拒めない。 見事に咲き誇った妖艶な華。 しゃらん しゃらん しゃららん しゃん しゃん しゃらん 鈴の音が鳴り響く。 しゃらん しゃらん しゃららん しゃん しゃん しゃらん 誘うように。 捕らえるように。 標的が逃げないように。 誘惑して。 虜にして。 そうして、手に入ったらどうしようか? 頭からバリバリと喰ってしまおうか? いつしか、満開の桜の木下で踊る白拍子を見たら 死が訪れる という噂が流れ出した。 「って、話らしいんだが知ってるか?」 「噂話だろ。ばかばかしい。」 「それがあながち噂じゃないらしいんだ。」 「実話だって言うのかよ?」 「この前任務の帰りで見たっていうやつがいるらしいんだ。」 「マジかよ!?」 「白拍子の舞を見たら死ぬんだろ?そいつ死んだのかよ?」 「いや、生きてる。」 「やっぱ噂じゃんか。」 「でも、確かに見たって・・・・」 「何の話?俺にも話してくれないかな?」 振り返るとそこには・・・・・ ぼろぼろになったはたけカカシがいた。 ベストがところどころ焦げ、シャツも綻んで糸が出ている。 髪も少し乱れていた。 「はたけ上忍!?どうしたんですがそんなぼろぼろになって。」 「ん〜?これ?ちょっと恋のバトルに参加してきただけだけど。」 「・・・そうですか。」 どうやらこちらの噂話も本当らしい。 はたけカカシが一回り以上も年下の恋人に猛アタックしているらしいが全く相手に されず、半ばストーカーと化している。と。 昔は木ノ葉の謎の暗部にべったりだったと聞いたのに。 いつの間に鞍替えしたのにか。 その暗部を追いかけていたときから、今の新しい恋人を追いかけている現在まで 浮いた話を聞かなくなった。 昔は女をとっかえひっかえ、二股なんて当たり前の生活を送っていたはたけカカシ からは想像できない。 「で、さっきの白拍子の噂話って?」 「それが・・・」 最初は調子よくしゃべっていた上忍の三人組。 しかし話が進んでいくうちにカカシの表情が険しくなっていく。 というよりは、機嫌が悪くなっている。 ほんの少しだが殺気も感じる。 「・・・・というわけです。」 話を進めていた上忍たちは最終的にはがたがたと震えながら話を終わらせた。 最後のほうは無駄話を混ぜずに、簡略化していっていた。 「で、何。お前たちはその白拍子に会いたいわけ?」 「会いたいか、会いたくないかって聞かれれば会いたいですけど。」 「この世の者とは思えないほどに美人だとか。」 「命知らずだねぇ。自殺志望なわけ?」 噂話によれば白拍子を見た人間は死ぬという。 それでも、その美しさに目がくらんで見に行きたいという。 生きて帰った人間がいるのだから、自分だって死なないとでも思っているのか。 馬鹿馬鹿しい。 自分も特別だと思っているのだろうか。 自分もきっと死なないと思っているのだろうか。 浅はかな考えだ。 自分は大丈夫だなんてどうしたらそんな考えが出てくるのか。 「ま、死にたくなかったら見に行きたいなんて思わないことだ。」 「はたけ上忍?」 「死にたくないんでショ?なら見に行くのなんてやめな。」 カカシはそう釘を刺すと詰所から出て行った。 向かう先はあの子の元。 噂の原因になっている子の元へ。 「はたけ上忍、機嫌悪くなかったか?」 「噂の話を始めてから急に悪くなったよな。」 「白拍子よりも、はたけ上忍に殺されそうだな。」 白拍子に殺される前にカカシに殺されそうだと、そこに居たものたちは思った。 追記するとその日以来、白拍子の噂には 『白拍子の噂をするとはたけカカシが殺しに来る』 というオプションがついたのだ。


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