宵桜 弐

右手に鈴を。 左手に桜の枝を。 舞い踊ると花びらが散っていく。 はらりはらり。 真っ白な直衣の袖が動きを追うに動く。 白拍子はどこも見ていない。 彷徨うように視線が動いて焦点を結ばない。 「ナルト!!」 静かな空間を壊す声。 張り詰めた空気が霧散した。 白拍子が動きを止める。 余韻を残すように袖が宙を舞い、重力に沿って止まった。 「カカシ、何しにきた?」 冷たい目がカカシを見る。 つい何時間か前まで戦闘を繰り広げていたのに、懲りないやつだ。 何度来てもお前を選ぶことはないのに。 「何しに・・・って、噂すごい事になってるけど?」 「噂?あぁ、死を呼ぶ白拍子のことか?」 そっけない返答。 カカシはその返答に妙なものを感じた。 ナルトの性格を考えればこんなことはしたがらないはずだ。 それなのになぜ? 「知ってたんだ。珍しいね。ナルトが自分から噂流すようなことしてるの。」 「別に。気まぐれだ。そのうち騒がれなくなる。」 ナルトは完全に興味を失ったのか変化を解くとカカシに背を向けた。 「ど、どこ行くの?」 カカシはナルトの横に走りよった。 チラッと一瞥するとナルトはカカシから目を逸らした。 「お前には関係ないだろう。」 「そうだけど・・・。」 「ウザイ」 「な、ナルト!?」 カカシが手をつかむより早くナルトは姿を消した。 「ナルトさ・・・変わったよね?」 カカシはナルトがさっきまでいた所を見ていた。 ナルトは昔に比べてかなり変わった。 それが良い方向に向かうベクトルでよかったと思う。 まだ7班が解散していなかったときはナルト、サスケ、サクラ3人とも仲良く 任務をこなしていた。 ナルトとサスケのケンカはまるで日課のように繰り返されていた。 それは自分とオビトがケンカしていたときと同じだったと思う。 互いを認めたときにはすでに何もかも遅くて、俺はオビトを失ったけど。 けれどナルトとサスケは違った。 波の国の任務でサスケは自分の身を呈してナルトを守ったらしい。 俺はそのときザブザと戦っていたから分からないが、ナルトが火影様に報告 をしているときにそう答えていた。 実の兄であるイタチを殺すために力を求めていたはずのサスケが、その野望 を捨ててまでナルトを守ったという事実は、ナルトの中で確かな変化をもたら していた。 何の見返りもなく、ただ自分の生だけを守るために立ち上がってくれた人。 ナルトの周りにはいなかった人間だ。 誰もが、ナルトの死を望み、暗殺しようとした。 もちろん、ナルトの生を望み助けようとした人間だっていた。 しかし、その行為のどこかにはナルトの腹に封印されている九尾に対する 罪悪感が少なからず混ざっている事を、ナルトは知っていた。 哀れみから生まれる責任感なんてナルトは欲しくなかった。 結局誰も、『うずまきナルト』という人間を見てはいないからだ。 ナルト、シカマル、チョージ、キバ、ネジが小隊を組んでサスケを奪還した。 俺がナルトの元に辿り着いた時、ナルトはサスケの頭を抱えて座っていた。 泥にまみれ、雨に打たれてずぶ濡れになって。 戦闘が行われていたのは疑う余地もなかった。 しかも、それが命を懸けて行われていたのは明白だった。 ナルトはただ、そこにいて、サスケもそこにいた。 動く気がないのか、動けないのか分からなかったが、ナルトはそのまま動かな かった。 ナルトがやっと顔を上げたのはカカシがここに辿り着いてから30分ほど経って からだった。 聞き取るのがやっとの小さな声でただ一言、 「俺がお前の光になるから」 と。 カカシには意味が分からなかった。 ナルトが戦闘を自ら望んでするはずはない。 サスケはナルトを殺す気でいた。 ナルトだってそのことは知っていたはずなのに。 どうして、自分を殺そうとした人間の光になろうなんて思うんだ? 理解できないことばかりで、俺は唯胸の中にもやもやとしたものを感じながら、 ナルトと一向に目を覚ます気配を見せないサスケを連れて木ノ葉に帰還した。 「あの時から、俺はナルトが少しずつ分からなくなってるんだよ。」 あのときまでは分かっていたつもりだった。 誰よりもナルトを分かってるって思ってたんだ。 隣に立てるのは自分だけだと思い込んで。 そうして、手に入れ続けたその場所を。 俺はあっさりと奪われてしまった。 こともあろうか、ナルト自身から印籠を渡されるような状況を付け足して。


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