ash snow 01

『今日のお昼過ぎから、雪が降るでしょう』 と、カーラジオが天気を告げる。 数日前からだんだん寒くなってきていた。 天気予報のお姉さんによると雪が降るらしい。 通りで寒いわけだと蛮がぼやく。 その横で、そうだねと楽しそうに言うのは銀次。 凍死しないといいなぁ。と呟くのは銀次の膝に抱えられたナルト。 ナルトと銀次が談笑している間に、スバルは目的地に到着する。 三人はスバルから降りて、Honky Tonkのドアを開けた。 カランカラン 「いらっしゃ…」 ドアベルが、今日も客の入店を告げる。 しかし、店主が入り口に目を向けるとツケばかり溜めるお得意さん。 一人は、ツンツンの黒髪に三白眼。 一人は、金髪と太陽の笑顔。 この二人が、三代目奪還屋―Get Backers― しかし、金運の無さは類を見ないほどで。 自分の金運さえも吸われてしまうとぼやいていたのは、金髪の仲介屋。 「ちぃーっす」 「こんにちわ」 「てばよ」 ドアが不自然な速度で閉まる。 よく見れば、二人の陰に隠れて子供が一人。 ツケを払う気だけはある、三代目GBの二人とひょんなことで拾ってしまった子供。 拾う気はなかったのだが、どうしてかこの状況に落ち着いた。 金髪碧眼、両頬に三本の傷。 聞くところによると、頬の傷は生まれつきらしい。 いつもの位置に右から蛮、銀次、そして最後にナルトが腰掛ける。 ナルトの背にしては少し高いスツール。 テーブルとイスの背に手をかけて、トンッと飛び乗る。 最初、銀次がナルトの脇の下に手を入れて座らせてやったところ、酷く嫌がった。 というか、照れたため、銀次は必要とされない限り手を貸さないようになった。 ナルトが照れた理由の大半は蛮が大層からかったことは言うまでもない。 「波児、ブルマン一つ」 「俺は、ブレンドで!」 「ハニーミルクラテ」 三者三様のオーダー。 波児はため息をつきながら、準備をする。 聞いても無駄だと、分かってはいるが…。 「お前ら、金は?」 「そのうち、バーンと払うからよっ!」 偉そうにいう蛮の態度にどっと疲れる。 聞いた自分が悪かったのか……いつものことだと諦める。 いつ払われるとも分からないツケ。 計算するのが面倒になって、最後に数えたときは果たしていくらになっていたか。 しかも、ナルトが増えたことで嬉しくないが一人分増えている。 「俺は、ちゃんと払うってばよ?」 イスの上でぷらぷらと足を揺らしていたナルトが、さらっと言う。 その発言に、蛮と銀次がざっと振り向く。 当の本人は、首に巻いていたマフラーで手遊びをしている。 ちなみに着てきたコートはイスに引っ掛けてある。 「払うって、お前金ねぇーだろうが!!」 「ナル君、ムリしなくていいんだからね?」 「無理も何も、こいつ無一文だろうがよ!」 「むい…?と、とにかく、子供はお金の心配なんてしなくていいって、昔、天子峰さんが言っ てたよっ」 「ってか、お前その金盗んできたんじゃねぇーだろうな?」 「っえ!?そうなの?ナル君、そんなことしちゃダメだよっ」 「言えっ、犯罪に手を染めたのか!」 「自首して、そのお金返してこようね、ね?」 いつの間にやら、盗んだ金ということで話が収束していく。 右も左も分からない子供でもない。 いくら歳の割りに背が低くて、外見が子供だろうとだ。 何がどうして、自分の世界でもないとこで犯罪活動をする必要がある。 元の世界でも、金銭の犯罪は行ったことが無いのに。 それに、こっちに飛ばされたばかりの頃ならいざ知らず。 もう、結構な時間が経っているのだ。 生活のシステムだって、それなりに把握している。 車や電車に思わずはしゃいでいたあの頃とは違うんだっ! ナルトは、小さくため息をついた。 そして、首根っこを掴んで今にも警察に連れて行こうとしている二人を見て、 「…俺をいつまで無一文にしとく気だってばよ」 と呆れたように、ナルトは蛮と銀次に言った。 そもそも、木ノ葉にいた時だって自分の稼ぎで生計を立てていたのだ。 こっちの生活も同じだと思うべきだろう。 実際、蛮と銀次も奪還料で生計を立てているのだから。 「俺だって、働かないとお金が貰えないことぐらい知ってるってばよ」 働かざるもの食うべからずってやつだ。 GBの二人の後ろに雷が落ちたような衝撃が走る。 こんな、子供に当たり前のことを当たり前のように言われただけだが。 ナルトでも分かることが、お前らに分からないことはないよな。とは波児の心の声。 しかし、GBの二人にはそんなことは関係ない。 今度は、どうやってナルトがお金を稼いだかの話に。 「履歴書とかどーしたんだよ。お前戸籍とかもねぇだろうがよ」 「そんなもん、履歴書がなくても雇ってくれるとこにいっ…」 「え、それって普通じゃないところってこと?」 「まさか、ヤベー仕事してんじゃねぇだろうな…」 「それって…まさか…」 「おう……二丁目のお姉さん(偽)のお相手だ!!」 「そ、そんな!!」 「チップ貰いたい放題だぜっ」 以下、適当な妄想。 二丁目のお姉さん(偽)に玩ばれるナルト。 『あら、可愛い子。どっから来たの?お姉さん達と楽しいことしようか?』 『あ、でも…』 『痛いのは、最初だけよ』 『…ん…あっ』 『直ぐ、気持ちよくなっちゃうからね?』 「ナル君、子供がそんなことしちゃっ」 バンッ 「ん、なわけあってたまるかってばよー!!」 テーブルを叩いていきり立つ。 はぁはぁと、肩で息をするナルト。 一瞬頭の中を駆け巡った気がした想像を振り払う。 何がどうして、そんなことをしなければならない。 冗談じゃない。 本当に冗談じゃない。 波児はコーヒーのカップをカウンターに載せるとやれやれと新聞を広げた。 妄想を左に押しやった蛮が、疑いの眼差しを送る。 その隣で、銀次はまだ「ナル君が…そんな…」とショックを受けたまま泣いている。 「あ、頭痛い…」 一息つくように、蛮はブルマンを口に含んだ。 相変わらず、文句なしにうまい。 ツケでおいしく頂いていることなど忘却の彼方だ。 カップをソーサーに戻して、蛮は口を開いた。 「じゃ、何して稼いだんだよ」 「新聞と牛乳の配達バイト」 「あぁ、配達のバイト」 案外まともなのを。 年齢制限はまぁ、何とかクリアか。 健康的なことで…。 「時給1000円にちょっと色つけてもらってるんだってばよ」 「ほ〜時給1000円……っていつ部屋、抜け出してやがったんだ!?」 「毎日、2:30頃、静かに」 「えぇー俺ぜんぜん気がつかなかったよー」 蛮ちゃんすごいねぇと銀次はのほほんと笑っている。 しかし、蛮は驚いた顔のまま静止している。 爆睡している銀次ならともかく、俺も気がつかなかった。 二年、一緒にいる銀次が夜中、出て行ったときだってちゃんと把握している。 それが、一緒にいるのが慣れたとはいえ付き合いの短いナルトが部屋を出て行くのを感知 できていなかったなど。 仮に、あいつがいなかった時間があるとして。 会話が噛み合わなかったことなど、一度もないはずだ。 「蛮ちゃん何もそんなに驚かなくても」 「銀次、お前なぁ…」 「影分身残していったから気がつかなくてもしょうがないってばよ」 「…影分身だ?」 「そ。俺が増えて、残ってくれたんだってばよ」 影分身とは、残像ではなく実体を作り出し、物理的攻撃の可能な上忍級の高等忍術。 便利なことに、分身体が体験したことや目撃したものは分身体が消えたとき、術者の記憶 として残る。 つまり、ナルトが部屋を出て行って新聞配達や牛乳配達をしている間の欠落する部分は、 上手に補うことができるということだ。 よって、会話に不自然な点ができることも無かったのだ。 だが、分身の記憶を引き継ぐことができることを蛮たちには伝えていない。 能力の特性に関して、問われてもいないのにホイホイ教える必要は無い。 カードの秘められた能力にこそ、意味があるのだから。 しかし、蛮がその便利な能力に気がつくのも時間の問題。 種明かしをしてしまったのだから、それに気がつかない蛮でもないだろう。 はぁ。とため息をつきながらナルトは、マフラーをいじる。 「でも最近寒くて、自転車こぐのも大変だってばよ」 「自転車で配達してるの?重くない?」 「のーぷろぶれむ!ただ、おじさんたちにはよく心配されてるってば」 「ま、おめぇの身長ならそう言われるわな」 蛮はニヤニヤしながら、銀次の前を通り越してナルトの頭をぽんぽんと叩いた。 もちろん、ナルトのコンプレックスが身長だと知っていて。 ちなみに、現在のナルトの身長145cm。 更に、蛮は175cm、銀次は176cm。 二人からしてみたら小さいのは当たり前。 ナルトが蛮と銀次に対して劣等感を抱くのは歳から考えても無意味だ。 12歳のナルトがどうして成長期を通り過ぎようとしている二人に適うだろうか。 いや、適うまい。 抑えろ、俺。とナルトが心の中で呪文を唱えているとも知らずに、蛮が畳み掛ける。 「ま、おめぇの身長が低いのなんざ、俺らには関係ぇねーけどよ。子連れだと思われんのは 俺としては屈辱なわけよ。いわゆるコブ付?それがナルト君に分かるかなぁ?」 「…」 「ば、蛮ちゃん!大人気ないよっ」 ワタワタとしている銀次をよそに、蛮は構わずに続ける。 蛮は単純にナルトをからかっているだけ。 「なぁに言ってやがる。せいぜい、カワイ子ぶりっ子して時給上げて貰えよ」 「ぅ…ぇ…んだよ」 「あ?」 「ちょ、ちょっと!!」 聞き取れるかどうかくらいの声が、ナルトの口から零れる。 不穏な空気が流れ、銀次が本当にあせりだす。 しかし、蛮はどこ吹く風でニヤニヤしたままだ。 最終的にナルトは、しつこいくらいにからかってくる蛮についにキレた。 「稼げもしねーのに一丁前にプライドばっか高い、ウニ頭なんざの子供に見られてると思う と、悲しくて仕方ねーってばよ!!あんたの子供になるのなんか丁重にお断りさせて頂き ますってば!!」 「ナル君!!」 「こっちだって、願い下げだ。熨斗つけて送り返してやんよ」 「蛮ちゃん!!」 静かにイスから降りて、コートとマフラーを手に取り、財布を取り出す。 夏目さんを2枚取り出して、カウンターに置く。 「波児さん、コレ、お勘定」 「まいどあり」 「じゃ」 コートを羽織り、マフラーを巻きながらナルトは静かに、ドアを開ける。 カランカラン 入ってきたときと同じように、ドアベルが鳴る。 そして、勝ち誇ったように言った。 「あ、そこのウニ頭と銀の分も一緒だから」 それだけ言い残して、窓の外に消えた。 Honky Tonkに残された蛮と銀次。 ぶちっと何かが切れる音がして、 「いらねーよ!!」 ガシャン と嫌な音がして、カップが蛮の手に握りつぶされた。 「ツケとくからな」 「波児!って受け取ってんじゃねーよ!」 「ツケは溜まらないほうがお互いいいだろ?」 「あいつに払われなくてもドーンと一括で払うっつのっ」 払われれば良いけどな。とは波児の心の声。 暴れだしそうな蛮を銀次が押さる。 あまり広くない店内に、蛮の声が響いた。 「バイトしてるなら家に金入れやがれっ!!」 立派な負け犬の遠吠えである。


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