思わず出て来てしまった。 後ろから、『バイトしてるなら家に金入れやがれっ!!』という蛮の声がする。 この感じだと多分、追い掛けてこない。別にいいけど。 もう迷子になることもないし。それに、外はアホみたいに寒いし。 銀は平気みたいだけど蛮は寒いのが苦手みたいで、あまり外に出たがらない。 今日だって銀がせがまなければ、ずっとあのボロアパートの火燵に潜ってただろう。 寝タバコは危ないよと銀が怒ってもどこ吹く風で。 ため息をつきながらも、銀が灰皿代わりの空き缶を目の前に置いて。 蛮は旨そうにすぱすぱとタバコを吸っていた。 俺は火燵に足を突っ込み、天板に顎を乗せながらそれを見ていた。 (みかん食べたいなとは言わなかったけど)で、思ったこと。 旦那によく尽くす奥様。 しかし、旦那はギャンブル好きのヘビースモーカー。 そのうえ手が早い。よく叩くし、よく撫でる。 奥様も最初の内は大人しくしてるが、段々激化してくると決まって、 『子供の前で何するんだよっ』 『そいつのどこが子供だよ』 『12、3の子はリッパに子供でしょ!』 『ま、糞ガキではあるな。おいチビ、気ぃ効かせてちょっと外ぶらついてこい』 『蛮ちゃん!?』 と言った感じで、最後は奥様の電撃で終了。 黄色と黒のしま柄のビキニが似合いそうな対応。 毎回、勝手にやっててくれと思っているのを知ってるのか知らないのか。 まあ、蛮は知ってて、銀は知らずにと言ったところか。 まぁ、そんな旦那だが、愛妻家で有名だから世の中よく分からない。 確かに、蛮の銀を見る目はかなり優しい。ふとしたときの目などが特に。 本人は気がついていないだろうけど。 自覚持てといいたくなる。 しかも、銀いわく、照れ屋らしい。 んで、笑顔が愛くるしい奥様は残念な事に料理が大の苦手と来て。 一度、張り切って作ってくれたのを食べた。あぁ、うん。ね? しかし、旦那の『これでもうまくなった方だ』と言われたときはちょっと言葉が詰まった。 『おいしくないよね』 『そんなことないってばよ。な、蛮』 『…』 『蛮っ』 『いいんだ。蛮ちゃん口ではまずいって言っても、いっつも全部食べてくれるから』 惚気られた。 全力で惚気られた。 砂糖吐いてもまだ足りないぜってくらいに。 で、なんだかんだ言いながら皆で完食。 そんな訳で、見兼ねた旦那が料理を担当している。 手先が器用らしく、確かにうまい。 『蛮ちゃんのご飯はホントにおいしいんだよ!』 と自分の事のようにいう銀。 何となく、蛮が羨ましかった。 俺だって、里に帰れば!と大人げないことは言わない。 で、居候の身としては何か手伝わないといけないなぁと。思ったわけで。 一人暮しが長いから家事洗濯はそこそこ得意。 『何かする事あるってば?』 『おめぇ料理は?』 『そこそこ』 『じゃ、今晩なんか作れ』 と、蛮に試しに何か作ってみろと冷蔵庫を顎で指された。 ビールしか入ってなさそうな中身。 それでも適当な野菜の切れ端などを見繕って、夕飯を作る。 食べ盛りの男子3人分。 正直なとこ足りるかどうか心配だったが、何とかごまかして食卓に並べた。 『おいしー!』 『ま、まぁまぁだな』 『蛮ちゃんの”まぁまぁ”は”うまい”ってことなんだよ』 と感想を頂いた。 その日から、食事当番は蛮と俺との交代制になった。 たまに、銀もがんばってたけど。 そんな感じで毎日、過ぎていた。 んで、誰もが気付くこと。 俺なんかは里で生活してたときから一人暮らしだったし。 『ね、蛮と銀の収入源は?』 『お仕事のこと??』 『そう、お仕事』 『俺と蛮ちゃんは二人で奪還屋‐GetBackers‐をしてて”奪られたら奪り還えせ”がモットー なんだ』 『奪還屋…ふーん。で、儲かるのかってば、それ?』 『あ、はは、は…何か俺と蛮ちゃん金運ないみたいで、あんまり』 『そのうちバーンと稼いで、億万長者になるんだよっ!』 『多少は地道に頑張らないと追い出されるってばよ』 『うっせ!俺達は安請けはしないんだよ』 『ば、蛮ちゃんっ』 と、このまま永遠に続くかと思った口論は、携帯の着信音に遮られて、唐突に終わった。 どうやら奪還の依頼が来たようだ。 話を聞きに家を出て、相棒のてんとう虫くんに乗り込む。 着いた先は俺が最初に運び込まれた‐Honky Tonk‐よろず屋 王波児の喫茶店だ。 てっきり家で留守番かと思われたが、一緒に行くことに。 何が出来るだとか能力に関してはたいしたことを話していなかったからだ。 そのあとの事をかい摘まんでいうと、店に着くと俺はカウンターに放られた。 蛮と銀は先に来ていた仲介屋のヘブンさんと依頼主さんとボックス席に。 バイトの夏実ちゃんとレナちゃんがコーヒーを運んで相談に入った。 暫くすると話はまとまり、依頼主さんは帰った。 2日程度で終わる簡単な依頼だそうで、これから用意してミッションスタートらしい。 で俺はというと、 『暫く波児の店で厄介になってろ』 『そのほうが安全だもんね。波児、お願いしていい?』 『うちは託児所じゃねぇんだけどな』 『洗いもんでもやらしといてくれ』 『お前らなぁ』 みたいな感じで、俺はHonky Tonkに置いていかれて。 最初は呆気に取られていたが、仕方ないのでお店の手伝いをすることに。 夏実ちゃんとレナちゃんが大丈夫ですよーと暢気に笑う。 別に、心配してはいない。ただ、 『どこで寝るんだってばよ』 と零した。 結局、夏実ちゃんたちが生活している二階に間借りすることに。 お店の手伝いをしつつ、俺は例の”新聞配達”と”牛乳配達”のバイトの雇い口を探した のだった。効率化のために影分身を2体ほど出して。 影分身を見た波児は、 『ほう、便利そうだな』 『まぁ、ね。蛮と銀には内緒にしておいて欲しいってばよ』 『どこまで?』 『できれば全部』 『分かったよ』 『ありがとうってば』 ということで、蛮と銀が依頼を遂行して帰ってくる頃には、俺もバイト先を無事に2口ゲット した。もちろん、波児の手伝いも抜かりなく。 こうして振り返ってみると、いろいろあったなぁ。 しかし、問題は山積みだ。 まずどうにかして、里に帰る手段を見つけないといけない。 マクベスと連絡を取って試してはいるが、一向にうまくいかない。 このままだと最終手段に訴えないといけなくなる。 それだけはどうにかして避けたい。 さて、どうしたものか。 「はぁ、寒い」 公園の遊具は外気で冷たい。灰色の空を見上げると、はらはらと何かが降ってくる。 「 」 手を出して、それを受ける。 ……冷たい。 それはすっと溶けてなくなる。 「俺に触れられるのも嫌か」 静かに笑って。 小さく背中を丸めた。
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