『家さえ涼しけりゃソコから出る必要なんてねぇーんだけどよ』

太陽が高くなればなる程、気温は上昇していく。デンコちゃんだって、 「とっても暑いの一時四時〜」 って言ってるし。言われなくとも、そんなのは誰にだって分かることで。 だから、それなりに対策を練っておかねば死ぬことだってある。 しかし、それを熟知しているはずの奈良シカマルはこのくそ暑い中、屋外に居た。 「めんどくせーけどあの家の中に居たら干からびる」 何を隠そう、木ノ葉屈指の名家であるはずの奈良家にはクーラーの『ク』の字も 存在しなかった。 名家だけあってクーラーを買うだけの金がない!!とかそういった問題は発生しない のだが、何故かウチには昔からクーラーがなかった。 生まれてからずっとクーラーの無い生活を送っていれば、クーラーがなくとも生活を 営んでいくとこには弊害はないだろうと思って生きてきた、十二年と数ヶ月。 去年も扇風機と団扇のみで勝ち抜いてきたのだから、今年だってそうして勝ち抜ける と思っていた。 が、現実派そんなに優しいものではなかった。 家の中が半ばサウナの役割を果たしていた。 ■□■□■□ 朝、余りの暑さに目が覚めて――既に正午を過ぎ、一時も目の前という時間だったが―― 自分の部屋を出て一階に降りていってみれば、家の中はものけの空だった。 親父もお袋も、シカオたちも居なかった。 家族揃って何も言わずに出て行ったのだ。 しかし、何故それに気づかなかったのだろうか? 「やべぇ、暑さでセンサがおかしくなったか…」 暗部第零班の副隊長ともあろうシカマルが、家族の行動に気付かなかったのだ。 木ノ葉の未来も危ぶまれてしまう事態だ。 着ていたティーシャツの胸元を掴んでばたばたと引っ張って風を起こす。 風は起きたがお世辞にも涼しいとは言えなかった。 家族がどこに行ったのか気になりはしたが、元々我が家は放任主義だったと思い出し、 そのままにしておくことにした。 取り敢えず、今しなければならないことは風呂場に行ってシャワーを浴びて、この 不快な汗を流すことだった。 「汗くせぇーよ。俺」 ナルトとは対照的に健康のために汗は、一般人と同じにかくことにしていた。 脱衣所に行き、寝汗を吸い取っていたティーシャツを洗い籠に放り込む。 既に洗濯は終了しているのだろう、そこにはもう何も入っていなくて、自分の放り 投げた衣服だけが新たに入った。 自分の服を自分で洗濯する事が無いわけじゃないが――暗部服とかは諸事情によって 自分で洗うしかないので――かといって進んで洗濯をするかと言えば、答えは否。 お袋が居るのにどうして俺が洗濯をしなくてはならない? 主婦の仕事を取ってはいけない。 風呂場のドアを開ける。 足だけ先に洗おうと蛇口をひねる。 ザァァァ 下から出てくるものだと思っていた水は、俺の頭上から降りそそいだ。 前に入った誰かのせいなんだろうけれど。 シャワー使ったら切り替えしとけよな。 冷水でなかったことだけが唯一の救いだった。 陽射しによって逆にぬるいくらいに温められていた。 結局面倒になって頭から洗うことになった。 「心臓から遠いとこから始めねぇと、負担かかるんだよなぁ」 爺くさい台詞だと、突っ込む人間はソコには居なかった。 ■□■□■□ 風呂場での不注意によるハプニングで、頭からシャワーを浴びたシカマル。 初めから頭は洗うつもりでいたから問題ないが。 いつもは縛ってある髪も、今だけは重力に従って、垂れ下がっていた。 シカマルはハーフパンツを穿いただけの格好だった。 塗れた髪をタオルでガシガシと拭きながら台所に向かう。 その際に壁や床に水滴が落ちるのは仕方ないことだと許して欲しい。 風呂場で粗方の水気は絞ってきたが、拭き始めたばかりの髪からは水滴が落ちた。 数本が束になってその先に水滴を作り、何も着ていない胸や背中を流れ落ちる。 ぺたぺたと足の裏がフローリングに張り付く。 髪を乾かす音だけが廊下に響いた。 それにしても、素晴らしいまでに誰の気配もしない。 本当に俺のことを放ってどこかに出かけたようだ。 台所の入口にあった暖簾を片手で避けてくぐり、髪を拭いていたタオルを肩に掛ける。 そのまま、真っ直ぐ冷蔵庫へと足を伸ばす。 冷蔵庫の扉に手を掛けて開き、中から烏龍茶を取り出す。 ひんやりとした冷気が冷蔵庫から流れ出てくる。 この暑さの中では、このくらいの冷気が心地良い。 しばしその冷気を楽しんでいたが、無情にも冷蔵庫が警告音を発する。 「もう少しくらい気ィきかせろよ。…ってもこいつ冷蔵庫だから言っても分かんねぇよなぁ」 こんな事を言っている自分を虚しく思いながら、冷蔵庫の扉を閉めた。 グラスを一つ手に取るとそこに烏龍茶を注いで飲む。 程よく冷えたそれは食堂を通りながら体温で適度に温められ、胃袋へと流れていった。 烏龍茶がどこを流れて言ったのかが良く分かった。 シカマルは烏龍茶とグラスを手に持ったまま、視線を動かしてテーブルを見た。 そこには――どこからどう見ても広告の裏で間違いない――伝言が書かれたメモがあった。 しかも、ご丁寧に筆ペンで二枚も。 『よう寝ぼすけ。  父ちゃんは母ちゃんと電気屋にクーラー買いに行ってくるから、  その間シカオたちの面倒見とけよ。  後、ナルトも呼んどけよ                           偉大な父より』 「はぁ?」 『兄ちゃんへ。  親父が兄ちゃんに遊んでもらえって言ったけど、  兄ちゃんは起きる気配がないので、勝手に遊びに行ってきます。  親父たちが帰ってきたら、呼びに来てね。  じゃ!    後、ナルトの兄ちゃんもちゃんと連れてきてね。                           可愛い弟たちより』 「ふざけろよ」 シカマルは烏龍茶のボトルとグラスとをテーブルに置くと、置手紙を手に取った。 そして、三秒のうちにくしゃくしゃに丸め、ゴミ箱に投げ入れた。 その置手紙が限りなく小さくなっていた事と、ゴミ箱が倒れそうになる程の勢いで 投げられた事も、追記しておこう。 「馬鹿かあいつら。ナルトは俺のだっつーの。ったくどいつもこいつも勝手なこと ばっかり言いやがって。俺の時は無関心だったくせに何でシカオたちの面倒は見な くちゃいけねぇんだよ。めんどくせー」 シカマルは苛々と残り少なくなった烏龍茶を飲み干すと、水で洗い逆様にして洗い籠に立てた。 怒っていようが何をしようが、躾がなっている男であった。 ■□■□■□ そのまま遅い朝食兼昼食を摂った。 冷蔵庫の中を物色したら、運よく夕飯の残りがあった。 何もなければ、素麺でも湯がくしかないかと思っていたので、手間が省けた。 腹も満たされたので、自分の部屋でのんびり昼寝でもするかと思い、階段を上る。 生乾きの髪を縛るわけにもいかず、首にかかる髪を鬱陶しく思いながら。 しかし、シカマルは直ぐに一階に戻ってきて言った。 その手にはしっかりと替えのティーシャツが握られていた。 「暑い…コリャ異常だろ。ヒートアイランド現象ってヤツか?」 シカマルは、手に持ったティーシャツを着ると、早々に家を出た。 そのティーシャツも熱気に当てられて、アイロンを掛けたようになっていた。 そして、冒頭に戻る。 「地球温暖化とか言って、今でこんなに暑いんじゃ未来とかはどうなってんだ?」 北極の氷が融け。ついでに南極の氷も融け。 水面が上昇し、砂浜が激減し、海抜高度が高くなり、国は水に沈む。 傑作だな。 自分たちが今までしてきたことが、廻り廻って戻ってきたんだ。 自業自得とはよく言ったものだ。 その罰をしっかりと受け取って、惨めに死んでいくのがお似合いだ。 俺には関係ねぇけど。 「こんな日は涼しいところで、のんびりと昼寝して過ごすのが良いんだよ」 シカマルは笑いながら、トロトロと禁忌の森に向かって再び歩き出した。 あそこは水源が豊富で、夏場でも涼しい。 家に居るのと森に居るのとでは、体感温度が五度以上違う。 いつの間にか陽射しで乾いた髪をいつもの紐で高く結う。 首筋にまとわりついていた紙がなくなりいくらか涼しくなる。 ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、シカマルは家の影を選んで道を歩く。 目的地の森まで結構な距離がある。 急いでもいいことはそんなに無いだろうが、耐えられなくなったら走ろう。


シカマルのターン。 寝起きのシカはきっといつもはしない失敗もしてくれるはず。 最初、烏龍茶は紙パックをラッパ飲みだったのですが。 さすがにお腹壊すかと思って、止めました。

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