『この際、空とか飛んじゃえば少しは気分が良いんじゃないか?』

ナルトは炎天下の中ひたすら禁忌の森を目指して歩く。 日影を選んで歩こうかと思ったら、店の前で打ち水をしていた店主に、罵声と共に バケツの水を引っ掛けられた。 ついでにバケツと柄杓も投げつけられた。 この暑さの中では嬉しい限りだったが、その内そうも言ってられなくなった。 日差しがじりじりと容赦なく皮膚を焼き始めた。 元々日に焼けない体質なのか、強い日差しに当たり続けると、水脹れが出来てひりひり するのだ。 その後、皮が剥けて数日すると色が落ち着いて、またもとの色に戻る。 慣れているとはいえ、痛いのは御免だから最初は走って行こうかとも思った。 が、走って行けるだけの体力もなかったし、走って行こうとも思わなかった。 これ以上、無駄な汗をかきたくなかった。 しかし、他にも大事な理由がある。 確かに走るのは歩くよりは速いが『下忍のナルト』が出せる速度は決まっている。 速度を押さえてこの日差しの中走るのは馬鹿らしかった。 誰が見ているとかを考えずに走り出してしまえば、目で追える奴なんて居ないだろう。 仮に走り出したのを見たとしても、俺がそんなに早く移動できるなんて信じるわけがない。 きっと、暑さにやられて白昼夢でも見たのだろうと思うだけに違いない。 しかし、危険の芽を自ら作るのも面倒くさい。 今まで苦労して隠してきた意味がなくなる。 それなら、我慢してでも歩くに限る。 そうして我慢して歩いていたが家を出て三十分くらい経った頃。 あまりの暑さと自分の移動速度の低さに嫌気がさした。 いつもなら十分と経たずに着くはずなのに、トロトロと歩いているせいか三十分経 った今でさえ、目的地に着いていない。 それ以前に、肝心の森さえも見える気配がない。 「…飛んだら……速い…か?」 言うが早いか、手が早いかナルトは印を組む。 「部分変化の術」 ばさりと音がしたかと思うと、背に純白の翼が広がる。 横に目一杯広げれば身の丈の二倍はゆうにあるかという大きさだ。 走ったら目立つとか言って気にしていたのは嘘だったのか! と思わず突っ込んでしまいたくなった。 しかし、生憎と突っ込んでくれる人は誰もそこに居なかった。 目立つことは避けようとしていた事など、いつの間にか頭の中から抜け落ちていた。 翼を広げていることにも違和感を感じなかった。 ナルトはその翼を二、三度、羽ばたかせ空に飛び立つ。 ふわりとした浮遊感を直に感じ、そのまま飛び去る。 太陽に近くなった分だけ多少、直射日光が厳しくなったような気がしたが、とうの 昔に熱さを感じる器官が麻痺しているためにこれ以上の熱を感知できずに居た。 内に籠もる熱の感知は別として。 飛んでいることによって熱の移動よりも自分の移動速度が上回る。 待ちわびていた風を体で直に感じる。 涼しい。 頬を切る風がこんなにも心地良いと感じたのは久しぶりだ。 ふっと、地上を歩いて居た少女は空を見上げた。 真っ白な大きな翼を広げて悠悠と気持ち良さそうに飛んでいく鳥がいた。 真っ青な空にただ一点だけ落とされた白。 少女はよほど感動したのだろう。 隣を歩いてた母親の服を握り締めて引っ張って言った。 「おかぁさん!おっきな鳥さんだぁ〜!!」 「えっ?」 母親が空を見上げてもそこにはもう何も飛んではいなくて。 何かが飛んでいた様子も無く、少女のたわごとだと思いながら、 「そうなの良かったわね。」 と当たり障りのない相槌を打った。 残された空にはただ暑いだけの太陽が輝いていた。 空を飛び始めて五分と経たないうちに当初の目的地の禁忌の森にたどり着いた。 鬱蒼と茂る森には、川も湖も存在していた。 ただ、人を寄せ付けない何かがそこにはあって、滅多と人は来なかった。 こがかつて、四代目火影が九尾の妖狐をナルトの腹に封印した場所だと言うことを 差し引いても。 昔、ギリシャのイカロスは蝋で固めた鳥の羽根をその身に纏って太陽を目掛けて 大空に飛び立った。 高く高くまだ高く……どこまでも高く飛び上がって。 太陽に近づき過ぎたイカロスは太陽の熱で蝋が溶け、その翼を失った。 蝋で固めた翼はばらばらと空に散っていった。 そして、自らも落ちて行った。 森の中腹部に当たる湖の上に来た時点で、ナルトは飛ぶだけの体力と気力がなくなっていた。 最初は飛ぶことによって涼しくなってて良かったのだか、急に冷やされた体は、次第に 確かな寒気と眠気を呼んでいた。 ナルトは飛ぶことを放棄して湖の水面に頭を向けて落下していった。 この高度から落ちたら素面はかなりの力で押し返してきて痛いだろうとか。 夏とはいえ森の中の湖だから水温だって低いんじゃないだろうかとか。 そんなことはもうどうでも良くて。 自分の体を包むように閉じた翼が落下していくに従って、散っていく。 さながら、強い風に吹かれた桜の花びらのようだった。 真っ白な羽根が視界を埋め尽くす。 飛び上がることも落下速度を緩める事もせずに落ちるがままにその力に従う。 重力が何もかもを引き寄せる。 ナルトの体も法則に逆らわずに落ちてゆく。 全ての羽が失われ、入水する寸前に脳裏をよぎった彼の人。 こんなとこに居るはずがないと、来てくれるはずがないと分かっていても。 その名を呼ばずには居られなくて。 「…シ…カぁ……」   ドボンッ 水柱があがり、静かな水面に波紋が広がってゆく。 激しい、波が広がる。 しかし、時間がたつと、それもだんだんと収まり。 静かに静かにナルトが落ちた場所を中心として、外へ外へと広がってゆく。 広く広くどこまでも広く。 水中から見上げた水面はきらきらと輝いていた。 太陽の光を反射して。 波立った水面は太陽の光を幾重にも複雑に折り曲げて拡散させてゆく。 無意識に両手を光の指す方へと伸ばす。 救って欲しいわけではなかった。 助けて欲しいわけでもなかった。 分かって欲しいわけでもなかった。 ただ、そこに居てくれればよかった。 静かに息を吐きながら底へと沈んでいく。 冷たい水が気持ち良くて。 そのまま、この心地良さに身を委ねて意識を手放した。


昔、音楽の授業のときに歌った曲が元になってます。 タイトルはすっかり忘れて出てきません!! 「むかしギリシャのイカロスは〜」 カラーイラストの載った教科書で、コレだけ良く覚えてます; 何でだろう?

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