『確かに名前を呼ばれた気がしたんだ』

「ナルト…?」 自分の呼ぶ声がした気がした。 暑さの余りついに幻聴が聞こえたのかと思った。 こんな場所にあいつが居るわけがない。 きっと、もっと涼しいところで涼んでいるに違いない。 なんせ、アイツは暑いのが一番苦手だ。 どうせ都合のいい幻聴だろうと、踵を返そうとした。 しかしはっとして湖の方を見た。 湖のほうから微弱なナルトのチャクラが流れてくる。 いつになく弱弱しいチャクラ。 「あの馬鹿…!!」 誰かに見られているかもしれないという危険性は頭のどこかに追いやられていた。 そんなことよりも一刻を争う自体。 わずかにたゆたう水面。 岸辺にサンダルを脱ぎ捨てて飛び込んだ。 「……透明度が高くて助かった」 ナルトの顎を左手で捕まえて水面に出す。 そのまま泳いで岸にたどり着き、ナルトを引き上げえて木陰に走る。 水でも飲んだのか、息をしていない。 胸に耳を当ててみる。 心臓は活動を停止しては居ないようだ。 溺れてからそれほど時間は経っていないはずだ。 「悪く、思うなよ!」 横隔膜に容赦なく手刀を落とす。 ナルトの体がびくりっと引き攣り、仰け反ると、 「っげは…ぅぐ……ごほっ……」 大量と言うわけではないが、ナルトは草原の中に水を吐き出した。 ふぅとシカマルは息を吐くとナルトの背を優しく撫でる。 ゆっくりと何度も優しく優しく撫でる。 「大丈夫か?」 「…はぁ…はぁ……っく…」 「落ち着いて息しろよ。あせんな」 「…っ…はぁ〜…」 やっとのことでナルトの呼吸が正常に戻った。 それでも、シカマルはナルトの背中を優しく撫で続ける。 僅かにその肩が震えているのは、呼吸が止まったことによるショック症状だと思う。 他にも色々と原因は考えられたが、今はそれが最有力候補だろう。 「……シカ…」 「ん?」 できるだけ、優しく返事をした。 「…お腹痛い」 「はぁ?」 思わず素っ頓狂な声が当たりに響いた。 「だ・か・ら。シカに、思いっきり殴られたお腹が痛い!」 「…仕方ねぇだろ?これでも死なないようにかなり手加減して、落としたんだからな」 「痛い!!」 キャンキャンとナルトは騒いだ。 痛い痛いとオーバーリアクションで両手で腹を抱えて、蹲るようなポーズをとっている。 確かに痛いのだろうけれど、それほどのリアクションを取るほどは強く入れてない筈だ。 ならば、構って欲しいだけなのだろう。 シカマルはナルトの声に対して両耳を両手で塞いで言った。 「はいはい。家に帰ったら痛み止めの薬やるから。今は我慢しろ」 「…え〜…」 「我慢しろ」 「……はい」 シカマルは余りしつこくされるのが好きじゃない。 程々に騒いで、引き際を決して間違えてはいけない。 「服脱げ」 唐突の一言。ナルトはにやりと笑うと、 「シカちゃんやぁ〜らしぃ〜」 と両手で胸を隠すようにして笑う。 シカマルは、そんなナルトの姿を見てしらっと言い放った。 「馬鹿なこと言ってると襲うぞ」 「うそです。ごめんなさい」 ナルトは即座に脱ぎだした。 昔、シカマルに、 『あんまり馬鹿なことしてると終いにゃ襲うぞ』 と言われ、ナルトも勝気に 『出来るならヤってみろよ』 と言ったことがあったのだ。 喰われるなんて思って居なかったし、喰わせる気も無かった。 しかし、その後シカマルに本当に襲われてしまい。 美味しく頂かれてしまったと言う一件があったのだ。 その後何回か、こういう展開がありどれもナルトは負け越し。 どうやってもシカマルには勝てないと分かったのだった。 シカマルに服を預けている間、ナルトはそのまま湖岸に体育座りをした。 その格好で座り込んだまま湖面を見ていた。 湖面を本当に見ているのかは甚だ怪しかったが。 その青い瞳が、透明で透き通っているのだか余りにも深くて。 透明度が高いのにそれでも底が見えないのだ。 誰かは、その瞳の底が見えないことに恐怖した。 誰かは、その瞳の底にある狂気に恐怖した。   誰かは、その瞳の底に潜む闇に恐怖した。 ぺしぺし。 頬を叩かれてふと、顔を上げると屈んでこちらを覗き込むシカマルが居た。 「…シカ?」 「服絞り終わったから。それ着て家に行くぞ」 「うん」 本当に絞っただけの服を着込む。 夏とはいえこんなものを着ていては風邪を引く。 ぺたりと体に張り付いて気持ちが悪い。 しかも今はひんやりと冷たいが、その内ぬるくなるだろう。 ナルトは、服を着終わって立ち上がったシカマルに向かって両手を広げて差し出した。 「おんぶぅ〜」 「はい?」 「シカ、おんぶ。俺ってば歩けなぁい」 暗に、さっきシカマルに腹に入れたれた一発のせいだと匂わせて。 シカマルは小さくため息をつくとナルトに背を向けてしゃがんだ。 「仕方ねぇな。ほれ」 「え?」 思いもよらない展開。 まさか本当におんぶしてくれるなんて思わなかった。 馬鹿な事、言ってないでさっさと立て。 とか言われるとばかり思っていたのに。 とっさのことに動けずに居るナルトにシカマルは急かすように声をかけた。 「早くしろよ」 「ぉう」 「よし。行くぞ」 「あい」 落ち着きがいいように何度かとんとんと背負いなおす。 ナルトも落ちないようにシカマルの首に両手を回す。 落とされる心配は万に一つなかったが。 そのままシカマルの背中にナルトは顔をうずめた。 ナルトが俺しか居ない時に、必要以上に馬鹿な行動や発言をする時は何か無理を している時だと、シカマルは知っていた。 「もう、溺れるなよ」 「ん?」 「溺れんな」 何に対して? 殺意? 狂気? 自虐? でも… 「シカが助けてくれるって分かってたから…」 だから、溺れても平気。 「バカ」 「うん。ごめん」 それでも、何回も溺れる俺を助けて。 だから、溺れたお前を何回も助ける。


どんな状況になっても、ナルトのことを助けてくれる人。 助けることが当たり前だとは思わないけれど、そんな人が居ても良いかなって。 周りを見たら、たくさんの助けてくれる手があるけど。 そのなかでも、シカマルを選んで欲しいなぁ。

≪戻る。