君が生まれた日。(下)

毎年この時期になると、姿を消して。 気配をいつも以上に希薄にして。相当の手馴れ出も見つけられないようにする。 この日だけは、里の誰にも会いたくなくて。例え、それが13年前のことを知らない 者だとしても。 自分の腹の中には、九尾が封印されている。 今までの13年間騒ぎ出すこともなく、封印がとかれることもなく。 無事に過ごせたことがある意味信じられない。 でも、それは色々と自分が逃げてきたこともあって。 この日だけは、里の中に居てはいけない。 自分がまだ幼かったある日。 月に誘われて、人の居るところに出てしまった。 その日は慰霊祭が開かれていて。 誰も、彼もがなくしてしまった人このこと思っていた。 その中には、九尾に対しての憎悪と怒りを止めることなくしゃべるものも居て。 宴の席に呼ばれていた火影やカカシは自分に構ってやることが出来なくて。 『火影邸から、この部屋から決して出てはいけない』 強く言い聞かせてこの場を去った。 聡い子だから、これ以上何かを言えば、きっと気付いてしまうと思って。 これ以上、この子に辛い思いをさせることはしたくない。そう思って。 この子の誕生日なのにろくに、祝ってやれない自分達を呪いながら、宴の席へと 出かけていった。 しかし、無意識のうちに外に出てしまった子供は里外れで里人に会い受けるいわ れのない罵詈、雑言を受けた。 『お前さえ居なければ!!』 『死んでしまえ』 『お前なんぞに、生きる価値などない』 『火影様の何故このバケモノを生かしておくんだ』 『コロシテシマエ、コロシテシマエ』 振り上げられる拳を避けることも出来ずに。 ただ、殴られるがままに殴られて。何度もいたぶられて。 何本か、肋骨が折れているのは明白で。 鬱血も酷く。きっと腕の骨も折れているであろう。 それでも、なお大人達は殴りつけ。いたぶり。 その憤りをこの小さな子に押し付けた。 暫くすると、抵抗のなくなった子供をそのまま置き去りにして街中に戻っていった。 寝転がったまま、起き上がることでも出来ず。 ただ、腹の中の九尾が懸命に傷を癒していた。 中途半端な暴力は所詮どこまで行っても中途半端で。 自分を殺すまでの事はしてくれない。 皮肉なことにも懸命に傷を治す九尾だけが、自分の唯一の味方だった。 動かない腕を持ち上げて、仄かに他の場所より温かい腹を撫でる。 「ありがとう」 優しく何度も撫でて。次第に意識が遠のき。そのまま、意識を手放した。 次に目が醒めると、そこは見慣れた真っ白な部屋で。 どうやら、誰かが見つけて連れ帰ってくれたらしいことだけ分った。 体中に巻かれた包帯を目にして、御丁寧にも傷の手当てをしてくれたらしい。 体が熱を帯びていて。喉が乾く。目の前に銀色の糸があって。 それが誰なのか分かったので、擦れながらも声を掛けた。 「・・・・か・・・か・・・・・しぃ」 その声に、ばっと。びっくりしたように起き上がってナルトの顔を覗き込んだ。 その顔には疲労の色が酷くて。 居なくなったのが分ってから、一生懸命さが知れくれたのが分る。 人一倍気配が薄いこの子を探すのは容易なことじゃなくて。 それでも、大切な人の唯一の忘れ形見だから。 森の中の小道に血だらけで倒れている姿を見たときは、心臓が止まるかと思った。 急いで走りよって、僅かながらも胸が呼吸をする為に上下しているのを見て安心 した。 そして、激しい怒りがこみ上げてきた。 この子はこんな事をされる覚えはない。 むしろ、この身を呈してこの里を救ったのだ。 一生死ぬまで九尾を体に宿し、いつ封印が解かれるかも分らず。 カカシは、優しく何どもナルトの頬を撫でる。 「大丈夫?痛くない?」 「・・・へ・・・・き・・」 熱の為に擦れてしまった声が痛々しい。変われるものなら変わってやりたい。 悲しみの余り、無意識のうちに表情が歪む。 その表情の変化に目ざとく反応して、ナルトは擦れた声で一生懸命に言葉を紡ぐ。 「・・・・か・・・・・し・・・・・なか・・・な・・ぃ・・で。」 まだ痛むであろう、その腕を持ち上げてカカシの頬を撫でる。 「泣いてないよ?」 「・・・・・だ・・・・て・・・か・・・な・・し・・・・・・そ・・・・・ぅ」 他人のことなら、こんなにも悲しそうに、泣きそうにまでなるのに。 自分の事になると、何も感じてないかの様に、笑って。 自分の事よりも、何よりも他人の事を優先して。 この子の育った環境の所為なのか。 痛いのは、悲しいのはおまえ自身じゃないの? 俺じゃなくて、痛くて、悲しくて、泣き叫びたいのはお前のほうじゃないの? 何で、泣いてくれないの? 泣きじゃくって、この手を掴んでくれるのなら、いくらだってこの腕を差し出すのに。 それさえもしてくれないのなら、俺はどうすればいいの? この気持ちを、何処にやればいいの? ねぇ。泣いてよ。 怒ったり、責めたりなんてしないんだから。 感情を表に出して。 君の全てを曝け出してよ。 目が醒めてはじめて見た銀色はとても綺麗で。 その綺麗な銀色の持ち主を知っていたから、声を掛けた。 「・・・・か・・・か・・・・・しぃ」 俺の声にびっくりしたように、その人は飛び起きた。それから俺のことを、何度も 何度も優しく撫でてくれた。 その優しい手がとても好きだった。悪意がなくて、ただ、何処までも優しくて。 自分に、危害を加えたことは今まで一度たりともなかった。 「大丈夫?痛くない?」 と、とても心配そうに聞いてきたから。傷む喉のことなんて無視して、 「・・・へ・・・・き・・」 とだけ言った。思っていた以上に喉が擦れていて、ちゃんとした音になったのか、 甚だ不安だった。 でも、カカシはいつも口の形だけで、言葉を読むから、多分心配は要らないと思う。 けれど、俺の言葉を聞いた途端に、何故か起きたときよりも悲しそうな顔になって。 何か、言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか? 俺が、しゃべりかけてはいけなかったのだろうか? 疑問は尽きないけれど、カカシが余りにも悲しそうな顔をしていたから・・・・・・・。 「・・・・か・・・・・し・・・・・なか・・・な・・ぃ・・で。」 まだ痛むその腕を無理やり持ち上げてカカシの頬を撫でる。 頬に触った手に、びくりと体を反応させていたけれど、カカシはそのまま撫でられ ていた。 そっと、撫でていた手に手を添えて。 「泣いてないよ?」 と、言った。けれど、俺には泣いているように見えたから。 泣きたいのに、我慢しているように見えたから。 何で、カカシは自分が泣きたいことに対して、こんなにも我慢をしているのだろう? 俺は、気にしたりなんてしないから。 泣いていいのに。 我慢しないで。 悲しいなら泣いて良いんだよ? カカシには、その資格があるんだから・・・・・。 擦れる声で、もう一度、ちゃんと音にして。 「・・・・・だ・・・・て・・・か・・・な・・し・・・・・・そ・・・・・ぅ」 自覚して。泣きたいなら、泣いた方が良いんだよ。 思いっきり泣いちゃえば、悲しい気持ちも、皆どこかに行っちゃうんだから。 ホントだよ? だから、泣いた方がいいんだ・・・・・。 涙と一緒に流しちゃえば良いんだ。何もかも。 意識を遠くに飛ばしていたらいつの間にか眠っていたらしい。 誰も来ない森の中。 自分のお気に入りの場所。 誰も来ないから、何もないし。 何の心配も要らない。 ただ、そこに居るだけ。 慰霊祭が終わるまで、街中には戻らない。 否、戻れない。 戻ればまた、あの時の様になるから。 幼いがゆえに、言われたことを守らずに小さな部屋から出て行った罰。 自業自得のことだったのに。 悲しそうに泣く誰かが居たから。 その日のことを良く覚えている。 けれど泣いていたその人の顔だけが霞がかかったように思い出せなくて。 ただ、もすごく悲しい瞳をしていたのだけ覚えている。 あの日以来、この人をこれ以上悲しませたくないから強くなった。 自分の所為で、悲しむ人を作りたくなかった。 もう、泣かないで。 何度、その人にそう言っても悲しそうな表情は良くならなくて。 無理して、笑おうとしている顔が変に歪んでいて。 俺のために、悲しんでいてくれる人が居ることが嬉しかった。 でも、その分だけ悲しくて。 その人が、自分の所為でもう泣かないですむように。 次の年の同じ日には、里の暗部並に強くなっていた。 いや、それ以上だったのかもしれない。 非力で、自分の事さえも守れない弱い存在だったから。あんなことになったのだ。 同じ、過ちは繰り返したくない。だから、強くなって。 その年から、慰霊祭の前後を含めて3日間は誰にも見つからないように、里の中を 逃げ回っていた。 今年も、長い追いかけっこが始まる。 捕まってしまえは、お終い。 何もかもが、水の泡。 だから、逃げ続ける。 今年も、来年も、再来年も、その先ずっと。 毎年追いかけてくる気配から、逃げ切って。 その追いかけっこが終わると、今年も一年生きてきたんだと。 感じるようになっていた。 そうして、夜が更けて。慰霊祭の当日の朝を迎えた。 全く。あの子は何処まで逃げてるんだか・・・・。 一晩中探したけれど見つからなくて。 いつもなら微かに残してくれるチャクラさえもない。 8年間も同じことを繰り返して。それでも、まだ一度も捕まえられた試しがない。 今年で、もう9回目になってしまった。 今年こそは。 今年こそは。 と追いかけているけれど、その腕はいつまで経っても掴めない。 ずっと一緒に居たのに。 自分の不甲斐なさに笑えて来て。 何やってんだろう?あの子の何を今まで見てきたのだろう? 自分は、本当にあの子にとって必要な存在なのだろうか? あの子に関しては何の自信もない。 自分の持っているプライドも、力も、知識もあの子の前では何の力もない無意味な ものに変わってしまう。 「でも、約束しちゃったしなぁ〜」 桜色の髪の少女に『何があっても連れて来るように。』と念を押されてしまったの だから。 「ま、上司として頑張るしかないでショ。」 と巫山戯て言ってみるが。逆に疲れるだけで。馬鹿馬鹿しい感じが否めない。 別にあの桜色の子の為に探すわけじゃない。自分の誕生日のあり方を、間違って 覚えてしまった子の為に。 正しい誕生日の祝い方をお節介にも教えてやるだけ。ただ、それだけ。 自分の誕生日を祝っちゃいけない奴なんて居ないのに。 あの子は祝ってはいけないと思っている。 たくさんの人が死んだから? 慰霊祭の日だから? 君には関係ないじゃない。 何で祝っちゃいけないの? ねぇ。お祝いぐらいさせてよ。 我侭一つろくに言えない君に。 物を強請る事も、優しさも、愛情さえも欲しがらなかった。 親から受けるはずの愛情もなくて。 ただ、謂れのない憎しみだけを毎日受けて・・・・・。 本来ならば、記憶がなくとも愛されていた空気ぐらい知っている。 一族が滅んでしまったサスケにだって、幼少から父親に何度も暗殺されそうに なっていた我愛羅だって。 ほとんど記憶には残っていないが、俺だって少しは覚えている。 でも、あの子にはそれがない。完全に欠落してしまっている。 与えられる愛情をニセモノだと思っている。 信じて欲しいのに。  " 要らない。 " そう、拒絶してしまうから。 だから、あの子は愛情なんて欲しがらない。 でも、俺は君が欲しがらなくてもいいから。 押し付けでも構わないから。 君の乾ききってしまった心に愛情を注いであげたい。 「覚悟しててネ?」 絶対見つけ出してみせる。 本当は二人っきりでお祝いしたいけど。 どうせなら、皆でお祝いしたほうが楽しいでショ? まだ、始まったばかりなのだから。 定刻まであと半日は残っている。 里中全部探して。 君が好きな場所をくまなく回って。 少しでもチャクラを感じたら絶対捕まえる。 こう見えてももうじきベテランの域に入るんだから。 どうしてもダメなときは、車輪眼でも使っちゃう? 反則だ!!何て言わせないよ? だってもともとルールなんて存在しないんだから。


中だから感想とか、書かない。

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